しかし席《せき》に着くまえに、かれは祖父《そふ》の竹のゆりいすを食卓《しょくたく》に向けた。それから自分の席《せき》をしめながら、かれは焼《や》き肉《にく》を切り始めた。背中《せなか》を火に向けて、みんなに一つずつ、大きな切れといもを分けた。
わたしはいい境遇《きょうぐう》の中に育ったわけではないが、兄弟たちの食卓《しょくたく》の行儀《ぎょうぎ》がひどく悪いことは目についた。かれらはたいてい指で肉をつかんで食べて、がつがつ食い欠《か》いたり、父母の気がつかないようにしゃぶったりした。祖父《そふ》にいたっては自分の前ばかりに気を取られて、自由の利《き》く片手《かたて》でしじゅうさらから口へがつがつ運んでいた。そのふるえる指先から肉を落とすと、兄弟たちはどっと笑《わら》った。
わたしたちは食事がすんでから、その晩《ばん》は炉《ろ》ばたに集まってくらすことと思っていた。けれども父親は友だちが来るからと言って、わたしたちにねどこに行くことを命じた。マチアとわたしに手まねをして、かれはろうそくを持って先に立ちながら、食事をした部屋《へや》の外にあるうまやへ連《つ》れて言った。そのうまやには荷台まで大きな屋台|付《つき》馬車があった。かれはその一つのドアを開けると中に小さな寝台《ねだい》二つ重なって置《お》いてあるのを見た。
「ほら、これがおまえたちのねどこだ」とかれは言った。「まあ、おやすみ」
これがわたしの家族からこの夜|初《はじ》めてわたしの受けた歓迎《かんげい》であった。
りっぱすぎる父母
父親はろうそくを置《お》いて行ったが、車には外から錠《じょう》をさした。わたしたちはいつものようにおしゃべりはしないで、できるだけ早くねどこの中へもぐった。
「おやすみ、ルミ」とマチアが言った。
「おやすみ」
マチアはわたしと同じように、もうなにもものを言いたがらなかった。わたしはかれがだまっていてくれるのがうれしかった。わたしたちはろうそくをふき消したが、とてもねむれそうには思えなかった。わたしはせま苦しい寝台《ねだい》の中で、たびたび起き返っては、これまでの出来事を思いめぐらした。わたしは上の寝台にいるマチアがやはり落ち着かずに、しじゅうねがえりばかりしている音を聞いた。かれもやはりわたしと同様、ねむることができなかった。
いく時間か過《す》ぎた。
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