問《ぎもん》を心の中でくり返しくり返しするうちに、わたしは暗い空の上にかがやいている星を見た。そよとの風もなかった。どこもかしこもしんとしていた。木の葉のそよぐ音もしない。鳥の鳴く声もしない。街道《かいどう》を車のとろとろと通る音もしない。目の届《とど》く限《かぎ》りは青白い空が広がっていた。わたしたちは独《ひと》りぼっちであった。世の中から捨《す》てられていた。
なみだは目の中にあふれた。バルブレンのおっかあはどうしたろう。気のどくなヴィタリスは。
わたしはうつぶしになって、顔を両手でかくして、しくしく泣《な》いていた。するとふと、かすかな息が髪《かみ》の毛《け》にふれるように思った。わたしはあわててふり向いた。そのひょうしに大きなやわらかな舌《した》がなみだにあふれたわたしのほおをなめた。それはカピが、わたしの泣き声を聞きつけて、あのわたしの流浪《るろう》の初《はじ》めての日にしてくれたように、今度もわたしをなぐさめに来てくれたのである。
両手でわたしはかれの首をおさえて、そのしめった鼻にキッスした。かれは二、三度おし殺《ころ》したような悲しそうな鼻声を出した。それがわたしといっしょに泣《な》いてくれるもののように思われた。
わたしはねむって目が覚《さ》めてみると、もうすっかり明るくなっていた。カピはわたしの前にすわったままじっとわたしを見ていた。小鳥が林の中で歌を歌っていた。遠方のお寺で朝の祈祷《きとう》のかねが鳴っていた。太陽はもう空の上に高く上って、つかれた心とからだをなぐさめる光を心持ちよく投げかけていた。
わたしたちはかねの音《ね》を目当てに歩き出した。そこには村があって、パン屋もきっとあるにそういなかった。昼食も夕食もなしにねどこにはいれば、だれにだって空腹《くうふく》が『おはよう』を言いに来る。わたしは思い切って、三スーを使ってしまう決心をした。そのあとではどうなるか、それはそのときのことにしよう。
村に着くと、パン屋がどこだと聞く必要《ひつよう》もなかった。わたしたちの鼻がすぐにその店に連《つ》れて行ってくれた。においをかぎつけるわたしの感覚《かんかく》は、もう犬に負けずにするどかった。遠方からわたしは温かいパンの、うまそうなにおいをかぎつけた。
一斤五スーするパンを三スーではたんとは買えなかった。わたしたちはてんでんに、ほんの小さなきれを分け合った。それで朝飯《あさめし》もあっけなくすんでしまった。
わたしたちはきょうこそいくらかでももうけなければならなかった。わたしは村の中を歩いて、どこか芝居《しばい》につごうのいい場所を見つけようとした。それに村の人びとの顔色を見て、敵《てき》か味方か探《さぐ》ろうとした。
わたしの考えはすぐに芝居を始めようというのではなかった。それには時間があまり早すぎた。けれどいい場所が見つかれば、昼ごろ帰って来て、わたしたちの運命を決する機会《きかい》をとらえるつもりであった。
わたしがこの考えに心をうばわれていると、ふとだれか後ろからとんきょうな声を上げる者があった。あわててわたしがふり向くと、ゼルビノがわたしのほうへ向かってかけて来る。そのあとから一人のおばあさんが追っかけて来るのを見た。もうすぐ何事が起こったかということはわかった。わたしがほかへ気を取られているすきをねらって、ゼルビノは一けんの家にかけこんで、肉を一きれぬすみだしたのであった。かれはえものを歯の間にくわえたまま、にげ出して来たのであった。
「どろぼう、どろぼう」とおばあさんはさけんだ。「そいつをつかまえておくれ。そいつらみんなつかまえておくれ」
おばあさんのこう言うのを聞いて、わたしはとにかく自分にも罪《つみ》がある。いやすくなくともゼルビノの犯罪《はんざい》に責任《せきにん》があると感じた。そこでわたしはかけ出した。もしおばあさんがぬすまれた肉の代価《だいか》を請求《せいきゅう》じたら、なんと言うことができよう。どうして金をはらうことができよう。それでわたしたちがつかまえられれば、きっと刑務所《けいむしょ》に入れられるだろう。
わたしがにげ出して行くのを見て、ドルスとカピもさっそくわたしの例《れい》にならった。かれらはわたしのかかとについて走った。ジョリクールはわたしの肩《かた》に乗ったまま、落ちまいとしてしっかり首にかじりついた。
だれかほかの者もさけんでいた。待て、どろぼう……そしてほかの人たちも仲間《なかま》になって追っかけていた。けれどもわたしたちはどんどんかけた。恐怖《きょうふ》がわたしたちの速力《そくりょく》を進めた。わたしはドルスがこんなに早く走るのを見たことがなかった。かの女の足はほとんど地べたについていなかった。横町を曲がって、野原をつっ切って、まもなくわたし
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