のせいだよ」とかれは言った。「いずれユッセルへ着いたらくつを買ってやろう」
このことばはわたしに元気をつけてくれた。わたしはしじゅうくつが欲しいと思っていた。村長のむすこも、はたごやのむすこもくつを持っていた。それだから日曜というとかれらはお寺へ来て石のろうかをすべるように走った。それをわれわれほかのいなかの子どもは、木ぐつでがたがた、耳の遠くなるような音をさせたものだ。
「ユッセルまではまだ遠いんですか」
「ははあ、本音《ほんね》をふいたな」とヴィタリスが笑《わら》いながら言った。「それではくつが欲《ほ》しいんだな。よしよし、わたしはやくそくをしよう。それも大きなくぎを底《そこ》に打ったやつをなあ。それからビロードの半ズボンとチョッキとぼうしも買ってやる。それでなみだが引っこむことになるだろう。なあ、そうしてもらおうじゃないか。そしてあと六マイル(約四十キロ)歩いてくれるだろうなあ」
底《そこ》にくぎを打ったくつ、わたしは得意《とくい》でたまらなかった。くつをはくことさええらいことなのに、おまけにくぎを打ってある。わたしは悲しいことも忘《わす》れてしまった。
くぎを打ったくつ、ビロードの半ズボンに、チョッキに、ぼうし。
まあバルブレンのおっかあがわたしを見たらどんなにうれしがるだろう。どんなに得意《とくい》になるだろう。
けれども、なるほどくつとビロードがこれから六マイル歩けばもらえるというやくそくはいいが、わたしの足はそんな遠方まで行けそうにもなかった。
わたしたちが出かけたときに青あおと晴れていた空が、いつのまにか黒い雲にかくれて、細かい雨がやがてぽつぽつ落ちて来た。
ヴィタリスはそっくりひつじの毛皮服にくるまっているので、雨もしのげたし、さるのジョリクールも、一しずく雨がかかるとさっそくかくれ家《が》ににげこんだ。けれども犬とわたしはなんにもかぶるものがないので、まもなく骨《ほね》まで通るほどぬれた。でも犬はぬれてもときどきしずくをふり落とすくふうもあったが、わたしはそんなことはできなかった。下着までじくじくにぬれ通って、骨まで冷《ひ》えきっていた。
「おまえ、じきかぜをひくか」と主人は聞いた。
「知りません。かぜをひいた覚《おぼ》えがないから」
「それはたのもしいな。だがこのうえぬれて歩いてもしようがないことだから、少しでも早くこの先の村へ行
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