れい》の服従《ふくじゅう》の習慣《しゅうかん》から、それをいやとは言えなかった。
「きみはイタリア人かい」
親方の重い足音がもうはしご段《だん》の上に聞こえなくなったときに、イタリア語で子どもがたずねた。親方といっしょにいるあいだにわたしはイタリア語がぽつぽつわかっていたが、まだ自由には使えなかった。
「いいえ」と、わたしはフランス語で答えた。
「おやおや、つまらないなあ。きみがイタリアだといいんだがなあ」とかれは大きな目で見ながら、ほんとにつまらなそうに言った。
「きみはどこ」
「リュッカだよ。きみもそうだと、いろいろ聞きたいと思ったのだ」
「ぼくはフランス人です」
「そう、それはいいね」
「おや、きみはイタリア人よりも、フランス人のほうが好《す》きなの」
「おお、そうじゃない。ぼくがそれはいいねと言ったのは、きみのことを考えて言ったのだ。だってきみがイタリア人だったら、きっとガロフォリ親方に使われにここへやって来たのだろうから、そうすると気のどくだと思ってね」
「じゃあ、あの人悪い人なんですか」
子どもは答えなかった。けれどわたしにあたえた目つきはことばよりも多くを語った。かれはこの話を続《つづ》けるのを好《この》まないように炉《ろ》のほうへ行った。炉のたなの上に大きななべがあった。わたしは火に当たろうと思ってそばへ寄《よ》ると、このなべがなんだか変《か》わった形をしているのに気がついた。なべのふたにはまっすぐな管《くだ》がつき出して、蒸気《じょうき》がぬけるようになっていた。そのふたはちょうつがいになっていて、一方には錠《じょう》がかかっていた。
「なぜ錠ががかっているの」と、わたしはふしぎそうにたずねた。
「ぼくがスープを飲まないようにさ。ぼくはなべの番を言いつかっているけれど、親方はぼくを信用《しんよう》しないのだ」
わたしはほほえまずにはいられなかった。
するとかれは悲しそうに言った。
「きみは笑《わら》うね。ぼくが食いしんぼだと思うからだろう。でもきっときみがぼくの境遇《きょうぐう》だったら、ぼくと同じことをしたかもしれないよ。ぼくはぶたではないけれど、腹《はら》が減《へ》っている。だからなべの口からスープのにおいがたてば、ますます腹が減ってくるのだ」
「ガロフォリさんはきみにじゅうぶん食べるものをくれないの」
「ああ、それが罰《ばつ》なんだ…
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