何度も、何度も、おさらにかけた布《ぬの》を取ってみた。
「おまえ、衣《ころも》にかぜをひかしてしまうよ。そうするとうまくふくれないからね」とかの女はさけんだ。けれど、言うそばからそれはずんずんふくれて、小さなあわが上に立ち始めた。卵《たまご》と乳《ちち》がぷんとうまそうなにおいを立てた。
「そだを少し持っておいで」とおっかあが言った。「いい火をこしらえよう」
 とうとう明かりがついた。
「まきを炉《ろ》の中へお入れ」
 かの女がこのことばを二度とくり返すまでもなく、わたしはさっきからこのことばの出るのをいまかいまかと待ちかまえていたのであった。さっそく赤いほのおがどんどん炉《ろ》の中に燃《も》え上がり、この光が台所じゅうを明るくした。
 そのときおっかあは、揚《あ》げなべをくぎから外《はず》して火の上にのせた。
「バターをお出し」
 ナイフの先でかの女はバターをくるみくらいの大きさに一きれ切ってなべの中へ入れると、じりじりとけ出してあわを立てた。
 もうしばらくこのにおいもかがなかった。まあ、そのバターのいいにおいといったら。
 わたしがそのじりじりこげるあまい音楽にむちゅうで聞きほれていたとき、裏庭《うらにわ》でこつこつ人の歩く足音がした。
 せっかくのときにだれがじゃまに来たのだろう。きっとおとなりからまきをもらいに来たのだ。
 わたしはそんなことに気を取られるどころではなかった。ちょうどそのときバルブレンのおっかあが、大きな木のさじをはちに入れて、衣《ころも》を一さじ、おなべの中にあけていたのだもの。
 するとだれかつえでことことドアをたたいた。ばたんと戸が開け放された。
「どなただね」とおっかあはふり向きもしないでたずねた。
 一人の男がぬっとはいって来た。明るい火の光で、わたしはその男が大きなつえを片《かた》わきについているのを見つけた。
「やれやれ、祭りのごちそうか。まあ、やるがいい」とその男はがさつな声で言った。
「おやおやまあ」とバルブレンのおっかあが、あわててさげなべを下に置《お》いてさけんだ。
「まあジェローム、おまえさんだったの」
 そのときおっかあはわたしのうでを引《ひ》っ張《ぱ》って、戸口に立ちはだかったままでいた男の前へ連《つ》れて行った。
「おまえのとっつぁんだよ」


     養父《ようふ》

 おっかあはご亭主《ていしゅ》にだきつ
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