ことをいろいろとこしらえて、お姫《ひめ》さまが平生《へいぜい》大臣《だいじん》のお娘《むすめ》に似合《にあ》わず、行儀《ぎょうぎ》の悪《わる》いことをさんざんに並《なら》べて、
「いくら止《と》めても、ばかにしていうことをちっとも聴《き》かないのです。」
 とおいいつけになりました。
 宰相殿《さいしょうどの》はなおなおおおこりになって、一寸法師《いっすんぼうし》にいいつけて、お姫《ひめ》さまをお屋敷《やしき》から追《お》い出《だ》して、どこか遠《とお》い所《ところ》へ捨《す》てさせました。
 一寸法師《いっすんぼうし》はとんだことをいい出《だ》して、お姫《ひめ》さまが追《お》い出《だ》されるようになったので、すっかり気《き》の毒《どく》になってしまいました。そこでどこまでもお姫《ひめ》さまのお供《とも》をして行くつもりで、まず難波《なにわ》のおとうさんのうちへお連《つ》れしようと思《おも》って、鳥羽《とば》から舟《ふね》に乗《の》りました。すると間《ま》もなく、ひどいしけ[#「しけ」に傍点]になって、舟《ふね》はずんずん川《かわ》を下《くだ》って海《うみ》の方《ほう》へ流《なが》されました。それから風《かぜ》のまにまに吹《ふ》き流《なが》されて、とうとう三日三晩《みっかみばん》波《なみ》の上で暮《く》らして、四日《よっか》めに一つの島《しま》に着《つ》きました。
 その島《しま》には今《いま》まで話《はなし》に聞《き》いたこともないようなふしぎな花《はな》や木がたくさんあって、いったい人が住《す》んでいるのかいないのか、いっこうに人らしいものの姿《すがた》は見《み》えませんでした。
 一寸法師《いっすんぼうし》はお姫《ひめ》さまを連《つ》れて島《しま》に上《あ》がって、きょろきょろしながら歩《ある》いて行きますと、いつどこから出てきたともなく、二|匹《ひき》の鬼《おに》がそこへひょっこり飛《と》び出《だ》してきました。そしていきなりお姫《ひめ》さまにとびかかって、ただ一口《ひとくち》に食《た》べようとしました。お姫《ひめ》さまはびっくりして、気《き》が遠《とお》くなってしまいました。それを見《み》ると、一寸法師《いっすんぼうし》は、例《れい》のぬい針《ばり》の刀《かたな》をきらりと引《ひ》き抜《ぬ》いて、ぴょこんと鬼《おに》の前《まえ》へ飛《と》んで出ました。そしてありったけの大きな声《こえ》を振《ふ》り立《た》てて、
「これこれ、このお方《かた》をだれだと思《おも》う。三条《さんじょう》の宰相殿《さいしょうどの》の姫君《ひめぎみ》だぞ。うっかり失礼《しつれい》なまねをすると、この一寸法師《いっすんぼうし》が承知《しょうち》しないぞ。」
 とどなりました。二|匹《ひき》の鬼《おに》はこの声《こえ》に驚《おどろ》いて、よく見《み》ますと、足《あし》もとに豆《まめ》っ粒《つぶ》のような小男《こおとこ》が、いばり返《かえ》って、つッ立《た》っていました。鬼《おに》はからからと笑《わら》いました。
「何《なん》だ。こんな豆《まめ》っ粒《つぶ》か。めんどうくさい、のんでしまえ。」
 というが早《はや》いか、一|匹《ぴき》の鬼《おに》は、一寸法師《いっすんぼうし》をつまみ上《あ》げて、ぱっくり一口《ひとくち》にのんでしまいました。一寸法師《いっすんぼうし》は刀《かたな》を持《も》ったまま、するすると鬼《おに》のおなかの中へすべり込《こ》んでいきました。入《はい》るとおなかの中をやたらにかけずり回《まわ》りながら、ちくりちくりと刀《かたな》でついて回《まわ》りました。鬼《おに》は苦《くる》しがって、
「あッ、いたい。あッ、いたい。こりゃたまらん。」
 と地《じ》びたをころげ回《まわ》りました。そして苦《くる》しまぎれにかっと息《いき》をするはずみに、一寸法師《いっすんぼうし》はまたぴょこりと口《くち》から外《そと》へ飛《と》び出《だ》しました。そして刀《かたな》を振《ふ》り上《あ》げて、また鬼《おに》に切《き》ってかかりました。するともう一|匹《ぴき》の鬼《おに》が、
「生意気《なまいき》なちびだ。」
 といって、また一寸法師《いっすんぼうし》をつかまえて、あんぐりのんでしまいました。のまれながら一寸法師《いっすんぼうし》は、こんどはすばやく躍《おど》り上《あ》がって、のどの穴《あな》から鼻《はな》の穴《あな》へ抜けて、それから眼《め》のうしろへはい上《あ》がって、さんざん鬼《おに》の目玉《めだま》をつッつきました。すると鬼《おに》は思《おも》わず、
「いたい。」
 とさけんで、飛《と》び上《あ》がったはずみに、一寸法師《いっすんぼうし》は、目《め》の中からひょいと地《じ》びたに飛《と》び下《お》りました。鬼《おに》は目玉《めだま》が抜《ぬ》け出《だ》したかと思《おも》って、びっくりして、
「大《たい》へん、大《たい》へん。」
 と、後《あと》をも見《み》ずに逃《に》げ出《だ》しました。するともう一|匹《ぴき》の鬼《おに》も、
「こりやかなわん。逃《に》げろ、逃《に》げろ。」
 と後《あと》を追《お》って行きました。
「はッは、弱虫《よわむし》め。」
 と、一寸法師《いっすんぼうし》は、逃《に》げて行く鬼《おに》のうしろ姿《すがた》を気味《きみ》よさそうにながめて、
「やれやれ、とんだことでした。」
 といいながら、そこに倒《たお》れているお姫《ひめ》さまを抱《だ》き起《お》こして、しんせつに介抱《かいほう》しました。お姫《ひめ》さまがすっかり正気《しょうき》がついて、立《た》ち上《あ》がろうとしますと、すそからころころと小《ちい》さな槌《つち》がころげ落《お》ちました。
「おや、ここにこんなものが。」
 と、お姫《ひめ》さまがそれを拾《ひろ》ってお見《み》せになりました。
 一寸法師《いっすんぼうし》はその槌《つち》を手に持《も》って、
「これは鬼《おに》の忘《わす》れて行った打《う》ち出《で》の小槌《こづち》です。これを振《ふ》れば、何《なん》でもほしいと思《おも》うものが出《で》てきます。ごらんなさい、今《いま》ここでわたしの背《せい》を打《う》ち出《だ》してお目にかけますから。」
 こういって、一寸法師《いっすんぼうし》は、打《う》ち出《で》の小槌《こづち》を振《ふ》り上《あ》げて、
「一寸法師《いっすんぼうし》よ、大きくなれ。あたり前《まえ》の背《せい》になれ。」
 といいながら、一|度《ど》振《ふ》りますと背《せい》が一|尺《しゃく》のび、二|度《ど》振《ふ》りますと三|尺《じゃく》のび、三|度《ど》めには六|尺《しゃく》に近《ちか》いりっぱな大男《おおおとこ》になりました。
 お姫《ひめ》さまはそのたんびに目《め》をまるくして、
「まあ、まあ。」
 といっておいでになりました。
 一寸法師《いっすんぼうし》は大きくなったので、もううれしくってうれしくって、立《た》ったりしゃがんだり、うしろを振《ふ》り向《む》いたり、前《まえ》を見《み》たり、自分《じぶん》で自分《じぶん》の体《からだ》をめずらしそうにながめていましたが、一通《ひととお》りながめてしまうと、急《きゅう》に三日三晩《みっかみばん》なんにも食《た》べないで、おなかのへっていることを思《おも》い出《だ》しました。そこでさっそく打《う》ち出《で》の小槌《こづち》を振《ふ》って、そこへ食《た》べきれないほどのごちそうを振《ふ》り出《だ》して、お姫《ひめ》さまと二人《ふたり》で仲《なか》よく食《た》べました。
 ごちそうを食《た》べてしまうと、こんどは金銀《きんぎん》、さんご、るり、めのうと、いろいろの宝《たから》を打《う》ち出《だ》しました。そしていちばんおしまいに、大きな舟《ふね》を打《う》ち出《だ》して、宝物《たからもの》を残《のこ》らずそれに積《つ》み込《こ》んで、お姫《ひめ》さまと二人《ふたり》、また舟《ふね》に乗《の》って、間《ま》もなく日本《にっぽん》の国《くに》へ帰《かえ》って来《き》ました。

     四

 一寸法師《いっすんぼうし》が宰相殿《さいしょうどの》のお姫《ひめ》さまを連《つ》れて、鬼《おに》が島《しま》から宝物《たからもの》を取《と》って、めでたく帰《かえ》って来《き》たといううわさが、すぐと世間《せけん》にひろまって、やがて天子《てんし》さまのお耳《みみ》にまで入《はい》りました。
 そこで天子《てんし》さまは、ある時《とき》、一寸法師《いっすんぼうし》をお召《め》しになってごらんになりますと、なるほど気高《けだか》い様子《ようす》をしたりっぱな若者《わかもの》でしたから、これはただ者《もの》ではあるまいと、よくよく先祖《せんぞ》をお調《しら》べさせになりました。それで一寸法師《いっすんぼうし》のおじいさんが、堀河《ほりかわ》の中納言《ちゅうなごん》というえらい人で、むじつの罪《つみ》で田舎《いなか》に追《お》われて出来《でき》た子が、一寸法師《いっすんぼうし》のおとうさんで、それからおかあさんという人も、やはりもとは伏見《ふしみ》の少将《しょうしょう》といった、これもえらい人の種《たね》だということが分《わ》かりました。
 天子《てんし》さまはさっそく、一寸法師《いっすんぼうし》に位《くらい》をおさずけになって、堀河《ほりかわ》の少将《しょうしょう》とお呼《よ》ばせになりました。堀河《ほりかわ》の少将《しょうしょう》は、改《あらた》めて三条宰相殿《さんじょうさいしょうどの》のお許《ゆる》しをうけて、お姫《ひめ》さまをお嫁《よめ》さんにもらいました。そして摂津国《せっつのくに》の難波《なにわ》から、おとうさんやおかあさんを呼《よ》び寄《よ》せて、うち中《じゅう》がみんな集《あつ》まって、楽《たの》しく世《よ》の中を送《おく》りました。



底本:「日本の古典童話」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年6月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2006年7月28日作成
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