ヘンゼルはうんと高く手をのばして、屋根をすこしかいて、どんな味がするか、ためしてみました。すると、グレーテルは、窓ガラスにからだをつけて、ぼりぼりかじりかけました。そのとき、おへやの中から、きれいな声でとがめました。

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「もりもり がりがり かじるぞ かじるぞ。
わたしのこやを かじるな だれだぞ。」
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 子どもたちは、そのとき、

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「かぜ かぜ
そうらの 子。」
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と、こたえました。そして、へいきでたべていました。ヘンゼルは屋根が、とてもおいしかったので、大きなやつを、一枚、そっくりめくってもって来ました。グレーテルは、まるい窓ガラスを、そっくりはずして、その前にすわりこんで、ゆっくりやりはじめました。そのとき、ふいと戸があいて、化けそうに年とったばあさんが、しゅもく杖にすがって、よちよち出て来ました。ヘンゼルもグレーテルも、これにはしたたかおどろいたものですから、せっかく両手にかかえたものを、ぽろりとおとしました。ばあさんは、でも、あたまをゆすぶりゆすぶり、こういいました。
「やれやれ、かわいいこどもたちや、だれにつれられてここまで来たかの。さあさあ、はいって、ゆっくりお休み、なんにもされやせんからの。」
 こういって、ばあさんはふたりの手をつかまえて、こやの中につれこみました。
 中にはいると、牛乳《ぎゅうにゅう》だの、お砂糖《さとう》のかかった、焼きまんじゅうだの、りんごだの、くるみだの、おいしそうなごちそうが、テーブルにならばりました。ごちそうのあとでは、かわいいきれいなベッドふたつに、白いきれがかかっていました。ヘンゼルとグレーテルとは、その中にごろりとなって、天国にでも来ているような気がしていました。
 このばあさんは、ほんのうわべだけ、こんなにしんせつらしくしてみせましたが、ほんとうは、わるい魔女《まじょ》で、こどもたちのくるのを知って、パンのおうちなんかこしらえて、だましておびきよせたのです。ですから、こどもがひとり、手のうちに入《はい》ったがさいご、さっそくころして、にてたべて、それがばあさんのなによりうれしいお祝い日になるというわけでした。魔女は、赤い目をしていて、遠目《とおめ》のきかないものなのですが、そのかわり、けもののように鼻ききで、人間が寄《よ》ってきたのを、すぐとかぎつけます。それで、ヘンゼルとグレーテルが近くへやってくると、ばあさんはさっそく、たちのわるい笑い方をして、
「よし、つかまえたぞ、もうにげようったって、にがすものかい。」と、さもにくてらしくいいました。
 そのあくる朝もう早く、こどもたちがまだ目をさまさないうちから、ばあさんはおきだして来て、ふたりともそれはもう、まっ赤《か》にふくれたほっぺたをして、すやすやと、いかにもかわいらしい姿で休んでいるところへ来て、
「こいつら、とんだごちそうさね。」と、つぶやきました。
 そこで、ばあさんは、やせがれた手でヘンゼルをつかむと、そのまま小さな犬ごやへはこんで行って、ぴっしゃり格子戸《こうしど》をしめきってしまいました。ですからヘンゼルが、中でいくらわめきたいだけわめいてみせても、なんのやくにもたちません。それから、ばあさんは、またグレーテルの所へ出かけて、むりにゆすぶりおこしました。そうして、
「このなまけもの、さあおきて、水をくんで来て、にいさんに、なんでもおいしそうなものを、こしらえてやるんだ。そとの犬ごやに入れてあるからの、せいぜいあぶらぶとりにふとらせなきゃ。だいぶ、あぶらののったところで、おばあさんがたべるのだからな。」と、わめきました。
 こうきいて、グレーテルは、わあっと、はげしく泣き立てました。けれどなにをしたってむだでした。このたちのわるい魔女のいいなりほうだい、どんなことでも、グレーテルはしなければなりませんでした。
 こんなしだいで、きのどくに、たべられるヘンゼルには、いちばん上等なお料理がつきました。そのかわり、グレーテルには、ザリガニのこうらが、わたったばかりでした。
 まい朝まい朝、ばあさんは犬ごやへ出かけて行って、
「どうだな、ヘンゼル、指をだしておみせ。そろそろあぶらがのって来たかどうだか、みてやるから。」と、わめきました。
 すると、ヘンゼルはたべあましのほそっこい骨を、一本かわりに出しました。ところで、ばあさんはかすみ目しているものですから、見わけがつかず、それをヘンゼルの指だとおもって、どうしてヘンゼルにあぶらがのってこないか、ふしぎでなりませんでした。
 さて、それから、かれこれひと月たちましたが、あいかわらずヘンゼルは、やせこけたままでした。それで、ばあさんも、とうとうしびれをきらして、もうこ
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