たったか、かんがえもつくまいよ。」といって、うちを出てからの話を、ひととおりしてきかせました。
そうきくと、ふたりの姉は、大ごえあげて、わあわあ泣きわめきながら、ラ・ベルが、つまらない、ものねだりをして、だいじな父親のいのちとかけがえにしたといって、せめました。なぜきものか、ゆびわにしなかったか、ばかな子だといってののしりました。けれど、ラ・ベルは、じぶんがしでかしたあやまちのために、涙一てきながしませんでした。それよりか、自分ひとりをなげだして、父親のいのちに代るかくごを、はっきりきめていたのでございます。
妹のけっしんをきくと、こんどは、男のきょうだいたちが、いっせいにさけび立てました。
「いけない、いけない。そんなことをさせるくらいなら、われわれが行って、その怪獣と、むこうを倒《たお》すか、こちらが倒されるか、しょうぶをつけてやる。」
けれど、商人は、むすこたちをおさえて、それは、あいてがどんなにおそろしいけだものだか知らないからだ。それに手むかいをしても、どうせむだにきまっている。それよりか、きょうだいたちおたがいにたすけ合って、こののちながくしあわせにくらしてもらいたい。それで安心して、おとうさんは、また戻って行って、のこりのいのちを、怪獣へぎせいにささげるつもりだといって、それなり、自分のへやへ寝に行きました。ところが、おどろいたことに、かなしみにまぎれて、とうにわすれていた約束を、怪獣はちゃんと果たしてくれていて、へやの中に、れいの御殿でみたとおり、大きなおみやげの箱いっぱい金貨をつめたままで、そっくりおいてありました。商人は、でも、このことを、むすめたちに話さないことにしました。それはお金がはいったときくと、さっそく、町へかえろうといって、やかましくせめるにきまっていたからです。
さて、そののち三箇月は立ちました。末むすめのラ・ベルのかくごには、すこしのゆるぎもありません。いよいよ、父親について、いっしょに行くことになりました。きょうだいたちは、泣いて涙のおわかれをしました。ただ、ふたりの姉むすめのだけは、ねぎ[#「ねぎ」に傍点]か、にら[#「にら」に傍点]で目をこすって、むりに出した涙でした。ふたりをのせた馬は、ちゃんと道をおぼえていて、れいのふしぎな御殿へつれて行ってくれました。そして、いつものうまやへ、ずんずんはいって行きました。
父親とむすめは、わかれて大広間にはいると、こんども、こうこうとあかりがともっていて、テーブルには、ちゃんと二人前のごちそうが、よういしてありました。食事がすむと、たちまち、すさまじい物音をさせて、怪獣がへやにあらわれました。むすめが、ふるえ上がって、つっぷしていますと、怪獣はそばにやってきて、
「ここへ来たのは、自分からすすんで来たのか。」とたずねました。むすめは、消えそうな声で、「はい。」とこたえました。
「それはどうもありがとう。」と、怪獣は、うなるようにいいました。それから、父親にむかって、
「さあ、それで、お前さんには、あしたの朝すぐかえってもらおう。もうそれなり、ここへはこないでもらいたい。では、ラ・ベル、こんやはお休み。」
「お休みなさい、ラ・ベート。」と、むすめはいいました。ラ・ベートというのは、野のけものです。けものさんという代りに、このお話のなかでは、ラ・ベートとよんでおきましょう。
そのあとで、商人は、もういちど、むすめにたのんで、自分だけのこして、このままかえってもらおうとおもって、ひと晩じゅうかきくどきました。けれど、父親に代ろうというむすめのけっしんは、びくともしませんでした。父親も、ついあきらめて、「怪獣だって、つまりふびんにおもって、ラ・ベルになにもあぶないことはしないだろう。」と、おもうようになりました。
父親がしょんぼりかえって行ったあと、ラ・ベルも、さすがに目《ま》ぶたがおもたくなりましたが、むりに涙をはらいのけて、御殿の中じゅうあるきまわってみました。するうち、ふと、一枚のとびらに、「ラ・ベルのへや」と、かいてあるのをみつけておどろきました。あわててあけてみますと、中は小ぎれいにお飾《かざ》りのできたへやで、本棚《ほんだな》があって、ハープシコードがおいてあって音楽がたのしくきこえていました。
(まあ、どうしたというのでしょう。どうせ、きょう一日でいのちをとられるにきまっているわたしのために、こんなりっぱなおへやのしたくが、どうしてしてあるのでしょうね。)
こうおもいながら、ためしに、一冊の本をあけてみますと、金の文字で、
[#ここから2字下げ]
「あなたがのぞんだり、いいつけたりすれば、すぐそのとおりになります。
あなたは、この御殿では、すべての上に立つ女王です。」
[#ここで字下げ終わり]
と、かいてありました。
(まあ、わたしののぞみといったら、おとうさまが、いまどうしていらっしゃるか、知ることですわ。)
ラ・ベルがこう心におもいながら、ふと、そこの姿見《すがたみ》をのぞいたとき、ちょうど、父親のうちへかえったところが、そこに、うつりました。姉たちが、出むかえに出て来ました。かなしそうな顔はしながら、ほんとうは、妹の居なくなったのを、よろこんでいるのがわかりました。まぼろしは、一しゅんで消えました。ラ・ベルは、自分ののぞみを怪獣がかなえてくれたことを、ありがたいとおもいました。
おひるになると、ちゃんと、テーブルに、おひるの食事がならびました。食事のあいだ、うつくしい音楽が、ずっときこえていました。でも、きこえるだけで、たれも出てくるものはありません。夜《よる》になったとき、怪獣は出てきて、いっしょに夕食をしようといい出しました。ラ・ベルは、あたまのてっぺんから、足の爪《つま》さきまで、ぶるぶるふるわせながら、それでもいやということはできません。それを、怪獣がみて、自分をずいぶんみにくいとはおもわないかといって、たずねました。
「はい、おっしゃるとおりです。」と、むすめはこたえました。「だって、わたくし、心にもないことは申せませんもの。でも、とてもいい方だとおもっております。」
そんなことで、だんだんうちとけて、たのしく食事がすみました。すると、とつぜん、怪獣が
「ラ・ベルちゃん、あなた、わたしのおよめになってくれますか。」と、いいだしたので、むすめは、びっくりしてしまいました。びっくりしながら、それでも一生けんめい、
「わたし、いやでございます。」とこたえました。
怪獣は、うちじゅうふるえるほど、大きなためいきをつきました。そして、かなしそうな声で、
「お休み、ラ・ベル。」といいのこして、へやを出て行きました。むすめは、ほっとしながら、やはり、人のいい心から、きのどくにおもっていました。
こんなふうで三月ほど立ちました。怪獣はまいばんやって来て、いっしょに夕食をたべました。するうち、むすめは、だんだん怪獣のみにくい姿かたちに馴《な》れてきて、それよりかよけい、そのやさしい、よい心を、このましくおもうようになりました。ただ、あいかわらず、およめにならないかといいつづけるのが、きのどくで、苦しくなりました。それで、あるとき、もうおよめになることはやめて、いつもお友だちでいましょうといいますと、怪獣はよろこんで、そうやって、いつまでも、ここからはなれない約束をしてくれるように、といいました。
ところで、その朝、れいの姿見にうつったところでは、ラ・ベルの父親が、むすめがもう死んでいるとおもって、たいへんかなしがって、重い病気になっていることがわかりました。しかもふたりの姉は、よそへおよめに行っていて、男のきょうだいたちは、兵隊に出ていました。それで、むすめは、怪獣にそのわけを話して、このままながく、ここを出ることができないなら、父親のことが心配で、死んでしまうかもしれないといいました。
すると、怪獣はいいました。
「いいや、けっしてそれまでにして、お前をとめておこうというのではない。お前にそんなおもいをさせるほどなら、怪獣のわたしが、お前をなくしたかなしみのために、死んだほうがましだよ。」
でも、むすめは、ほんの一週間したらまたかえってくるからと、かたく約束して、父親の見まいに行くことをゆるされました。ただ、出て行くとき、鏡の前に、ゆびわをのこしておいて行ってくれればいいと、怪獣はいって、いつものとおり、お休みなさいをして、出て行きました。
そのあくる朝、目がさめると、ラ・ベルは、ちゃんと、いなかのこやに、はこばれて来ていました。父親は、むすめのぶじな顔をみると、病気は、けろりとなおってしまいました。
父親は、さっそく、姉たちをむかえに、人を出しました。姉たちは、それぞれ夫《おっと》とつれ立ってやって来ました。およめに行ったものの、この姉たちは、いっこうたのしくくらしてはいませんでした。ひとりの夫は、いばりやで、みえばかりかざって、ほんとうの愛情《あいじょう》を知らない男でした。もうひとりのほうは、わるくちやで、他人のあらばかりみつけて、よろこんでいるような男でした。それで、姉たちは、死んだとおもった末の妹がぶじでいて、しかも、たべものにもきものにも、なにひとつふそくなく、ゆたかにくらしているようすをみて、ねたましくなりました。それで、どうかして、もう二どと怪獣の御殿にかえられないように、かえれば、すぐとおこられて、くいころされてしまうようにといのって、一週間という約束を、むりやりやぶって、いつまでもひきとめておくたくらみをしました。
さて、その十日めの夜でした。ラ・ベルは、姉たちの、わざとちやほやもてなすなかで、夢をみました。それは、きのどくに、怪獣が半分死にかけて、夜、草原の上に、あえぎあえぎ倒《たお》れている夢でした。むすめは、涙にひたりながら目をさましました。それでいったん床《とこ》からおき出して、ゆびわを鏡の前の台において、また床にはいって、ぐっすりねむりました。さて、目をさましますと、いつか、また御殿へはこばれて来ているので、ほっと安心しました。それから、晩の食事の時まで、さんざん待ちどおしくくらして、はやく怪獣にあうことばかりおもっていました。ところが、八時がうち、九時が打っても、怪獣は姿をあらわしませんでした。
「ああ、わたし、ほんとうに、あのひとを、ころしたのではないかしら。」
そうさけんで、むすめは、庭へとびだしました。そして、夢でみた草原の所へ来ますと、そのとおり怪獣は気をうしなって倒れていました。むすめは、はっとして、そのからだをだきかかえました。すると、心臓《しんぞう》がまだうっているのが分かったので、ちかくの泉から、清水《しみず》をくんで来て、その顔にふっかけました。すると、怪獣はかすかに目をあいて、虫の息でいいました。
「お前が約束をわすれたので、わたしは物をたべずに死ぬかくごをした。でも、かえって来てくれたから、これで、せめてたのしく死ぬことができる。」
「いいえ、ラ・ベートは死んではなりません。」と、ラ・ベルはいいました。「あなたはいつまでも生きていて、わたしの夫になっていただきます。いま、わたしは、ほんとうにあなたを愛していることが分かりました。」
このことばが、さけばれたとたん、御殿じゅう、火事のようにあかるくかがやきだしました。五|色《しき》の火花が、大空にとびちりました。さかんな音楽のひびきが、大地《だいち》をふるわせました。
おそろしい怪獣のすがたは、どこにもみえなくなりました。
そのかわりに、こうごうしいまでに、りっぱな王子が、そこにいて、むすめの足もとに膝《ひざ》まづいていました。そして、むすめのまごころの力で、なが年とけなかった魔法の呪《のろい》がとけて、ほんとうの姿にかえられたことを、よろこんでいました。
でも、むすめには、まだそれがわからないのです。それで、心配そうな目で、怪獣のゆくえを追っていました。
「まあ、おきのどくなラ・ベート、わたしの怪獣さんは。」
「その怪獣が、わたしですよ。」と、王子がいいました。「あるいじわ
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