ん。さしも大金持だった商人が、ふとしたつまづきで、いっぺんに財産《ざいさん》をなくしてしまい、のこったものは、いなかのささやかな住居《すまい》ばかりということになりました。そこで商人は、三人の男の子に言いふくめて、てんでん、ひろい世間へ出て、その日その日のパンをかせがせることにしましたが、女の子たちのうち、ふたりの姉は、自分たちは町におおぜい、ちやほやしてくれる男のお友だちがあって、いくらびんぼうになっても、きっとそのひとたちは見|捨《す》てずにいてくれると、いばっていました。けれど、いざとなると、たれも知らん顔をして、よりつこうともしないどころか、これまでお金のあるのを鼻にかけて、こうまんにふるまっていたものが、そんなざまになって、いいきみだといってわらいました。それとはちがって、末のむすめのことは、たれも気のどくがって、びた一文もたないのはしょうちで、ぜひおよめに来てもらいたいという紳士《しんし》は、あとからあとからとたえませんでしたが、むすめは、こうなると、よけいおとうさまのそばをはなれることはできないとおもって、どんな申込《もうしこみ》もことわりました。
こんなしだいで、一家は、いやおうなし、いなかのちいさな家にうつりました。そして、三人の男の子は、一日外に出て、すこしばかりある土地を耕《たがや》して、お百姓《ひゃくしょう》のしごとにいそしみました。末のむすめは、まい朝四時から起き出して、うちじゅうの朝飯をこしらえました。これは、はじめのうちたれも手つだってくれるものはなし、ずいぶんつらいしごとでした。でも、馴《な》れるとなんでもなくなりました。それで、ひとしきり片づくと、むすめは、本をよんだり、ハープシコード[#ここから割り注]ピアノに似た昔の楽器[#ここで割り注終わり]をならしたり、糸車をまわしたりしました。ふたりの姉むすめはというと、よくよくうまれつきのなまけものらしく、朝もおひる近くなってやっとおき出して、外へ出ることも、遊びに行く所もないので、一日ただだらしなくねそべって、ふくれっつらして、ぶつぶつ口|小言《こごと》ばかりいっていました。それで、妹のたのしそうに、せっせとはたらいているそばで、この子は女中のことしかできないのじゃないか、とけいべつするようにいっていました。
こんなことで、どうにか一年立ちました。するとある日、町からしらせがとどい
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