オいかんがえが、海の人魚のように、そのなかでおよぎまわっているというのです。それから、こんどはお姫さまの額《ひたい》のことをいって、それは、このうえなくりっぱな広間と絵のある雪の山だといいました。それから、かわいらしい赤ちゃんをもってくるこうのとりのことを話しました。
 そう、どれもなかなかおもしろい話でした。そこで、むすこは、お姫さまに、わたしのおよめさんになってくださいといいました、お姫さまは、すぐ「はい。」とこたえました。「でもこんどいらっしゃるのは土曜日にしていただきますわ。」と、お姫さまはいいました。「その晩は王さまとお妃《きさき》さまがここへお茶においでになるのですよ。わたしそこでトルコの神さまとご婚礼するのよといって上げたら、おふたりともずいぶん鼻をたかくなさるでしょう。でも、あなた、そのときはせいぜいおもしろいお話をしてあげてくださいましね。両親とも、たいへんお話ずきなのですからね。おかあさまは、教訓のある、高尚なお話が好きですし、おとうさまは、わらえるような、おもしろいお話が好きですわ。」
「ええ、わたしは、お話のほかには、なんにも、ご婚礼のおくりものをもってこないことにしましょう。」と、むすこはいいました。そうして、ふたりはわかれました。でも、わかれぎわに、お姫さまは剣をひとふり、むすこにくれました。それは金貨でおかざりがしてあって、むすこには、たいへんちょうほうなものでした。
 そこで、むすこはまたとんでかえっていって、あたらしいどてらを一枚買いました。それから、森のなかにすわって、お話をかんがえました。土曜日までにつくっておかなければならないのですが、それがどうしてよういなことではありませんでした。
 さて、どうにかこうにか、お話ができ上がると、もう土曜日でした、
 王さまとお妃さまと、のこらずのお役人たちは、お姫さまのところで、お茶の会をして待っていました。むすこは、そこへ、たいそうていねいにむかえられました。
「お話をしてくださるそうでございますね。」と、お妃さまがおっしゃいました。「どうか、おなじくは、いみのふかい、ためになるお話が伺いとうございます。」
「さようさ。だが、ちょっとはわらえるところがあってもいいな。」と、王さまもおっしゃいました。
「かしこまりました。」と、むすこはこたえて、お話をはじめました。そこで、みなさんもよくきくことにしてください――
『さて、あるとき、マッチの束《たば》がございました。そのマッチは、なんでもじぶんの生まれのいいことをじまんにしていました。けいずをただすと、もとは大きな赤もみ[#「もみ」に傍点]の木で、それがちいさなマッチの軸木《じゅくぎ》にわられて出てきたのですが、とにかく、森のなかにある古い大木ではありました。ところでマッチはいま、ほくち箱とふるい鉄なべのあいだに坐っていました。で、こういうふうに、若いときの話をはじめました。マッチのいうには、「そうだ、わたしたちが、まだみどりの枝のうえにいたときには、いや、じっさい、みどりの枝のうえにいたのだからな。まあ、そのじぶんは毎日、朝と晩に、ダイヤモンドのお茶をのんでいた。それはつまり、露のことだがね。さて、日がでさえすれば、一日のどかにお日さまの光をあびる、そこへ小鳥たちがやって来て、お話をしてきかせてくれたものだ。なんでも、わたしたちがたいそうなお金持だったということはよく分かる。なぜなら、ほかの広い葉の木たちは、夏のあいだだけきものを着るが、わたしたちの一族にかぎって、冬のあいだもずっと、みどりのきものを着つづけていたものな。ところが、ある日、木こりがやってきて 森のなかにえらい革命《かくめい》さわぎをおこした、それで一族は、ちりぢりばらばらになってしまった。でも、宗家《そうけ》のかしらは第一等の船の親柱に任命されたが、その船はいつでも世界じゅう漕《こ》ぎまわれるというりっぱな船だ。ほかの枝も、それぞれの職場《しょくば》におちついている。ところで、わたしたちは、いやしい人民どものために、あかりをともしてやるしごとを引きうけた。そういうわけで、こんな台所へ、身分のあるわれわれが来たのも、まあはきだめにつる[#「つる」に傍点]がおりたというものだ。」
「わたしのうたう歌は、すこし調子《ちょうし》がちがっている。」と、マッチのそばにいた鉄なべがいいました。「[#「「」は底本では欠落]わたしが世の中に出て来たそもそもから、どのくらい、わたしのおなかで煮たり沸かしたり、そのあとたわしでこすられたか分からない。わたしは徳用でもち[#「もち」に傍点]のよいことを心がけているので、このうちではいちばんの古参と立てられるようになった。わたしのなによりのたのしみは、食事のあとで、じぶんの居場所におさまって、きれいにみがかれて
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