『よし』と思い『いな』と思うと、その思うことによって生じた脳波は違って来るんです。その放射される脳波を、無線操縦と同じように、彼女がその頭の中にある受波装置で受けて増幅し、各機関を操縦する――、これが、脳波操縦なんですよ」
森源は、一寸言葉を切って、私が、その話を了解しているかどうかを確かめ、
「だから、彼女ルミを操縦するには、私が、頭の中で『立て』と思えば立ち、『右手を挙げ』と思えば、右手を挙げるのです。私は、命令を口に出す必要はない、ただ、頭の中で、命令を考えればいいのです」
「ほう――」
私は思わず感嘆の声を挙げてしまった。
なんという精巧な電気人間であろう。
問わず語らず、謂わば『以心伝心』で操縦することが出来るとは――。
これこそ、全く人間以上! のものである。
……私は、新たな眼をもって、さっきから足元に倒れているルミを見下した。
遺書『π』
「ところが……」
森源は、悲痛に、口元を歪めて居るのであった。
「ところが、このルミが、余り精巧であった為でしょう、あなたは、このルミに、人並み以上の好意を持たれたようです――」
「…………」
面映くはあったが、私はそれを否定することは出来なかった。かすかに頷く私を見て、森源は尚もいうのだ。
「そして、それ以上に不幸なことは、どうやらルミも亦、あなたに恋を感じているらしいのです」
「えっ――」
私は、思わず森源を見上げた。
「でも……私がルミさんを、いや、ルミさんがまさか電気人間だとは知らなかったから、美しい女として、恋めいたものを感じたのは認めますけど、然し、それにしても、哀しい機械である筈の彼女が、私に恋をするなどということが出来るのでしょうか、――いかに貴方の天才的技術で造られているかは知りませんけれど、でも、機械が、人造人間が恋をするという『意志』を持てるのでしょうか」
半信半疑ながらも私は、人造人間に恋し、恋された男として、心中激しく狼狽せざるを得なかった。
(森源は、冗談をいっているのではないか?)
然し、彼は、相変らず悲痛な顔をして、
「いや、事実です、第一僕の意志にないことだのに、ルミは、独りであなたの家まで来ました。ここまで来たのは瞭らかに、ルミの個人の意志なんです」
そういえば、私にも一つ、思いあたることがあった。というのは、ここに来たときの、ルミの言葉だ、あの「あたしおまえが好きなの、好きなの、好きなの」といった言葉で、実に奇妙な響きであったけれど、その変な響きというのは、丁度レコードの同じ溝の上を、針が何回も廻っている時のような、不自然な繰返しとそっくりであった。――恐らく、彼女の愛の言葉は、これ以外に記録されていないのであろう、彼女の懸命な発音は、その記録の上を、必死に反復繰返したのに相違ない――。私は、慄然としたものを感じて来た。
世にも奇怪な、人造人間との恋愛という、未だ曾て聞いたこともない事実を、私は身をもって演じていたのである。
それにしても、どう考えても私に呑込めぬのは、ルミの有する感情――意志であった。如何に精巧な電気人間であるかはしらないけれど、それがすでに自己の意志を持つということは、とても、森源の科学でも説明することは出来ぬのではないか、と思われた。
(森源は、それを、どう説明するのであろう――)私は無言で、足もとの彼女を見詰めていた。
彼も、無言であった。既に、必要な言葉全部を吐出してしまった人間のように、ただ茫然と、しどけなく床に伸びたルミを、見下しているのであった。
その横顔、小鬢のあたりに、私は、思いがけぬ白いものを見、森源は、すでに、そんな齢なのであるか、と気づき、その落ちた肩をそっと抱いてやりたいような気もしたのであった。
×
森源は、やがて、ルミを抱えて去った。
私はわざとそれを送ろうとはせず、二階の手すりから、科学者森源が、それこそ半生の精魂を罩めて産んだルミを、半ば引ずるようにして去って行く後姿を、泪ぐましい気持で見詰めていたのであった。
森源にとっては、実子にも増す、かけがえのないルミが、路傍の人であった私の為に、科学の常識を無視して、彼を棄ててしまったのである。彼の悲痛さは、私にも充分想像することが出来た。それだけに、尚さら、森源の重たげな足どりが、よろめくように私の視界を去っても、私の暗然たる気持は、長く拭い去ることが出来なかった。
――その夜、私はここへ来ては唯一の慰安であるラジオを聞こうとして、ダイヤルを廻しながら、不図、愕然として思いあたることがあった。
というのは、ルミの意志――についてである。あれは、ルミの意志ではないのだ、私の意志なのである。
森源は、脳波操縦ということをいっていた。私はラジオをいじり乍ら、その脳波と電波というものを
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