「あたしおまえが好きなの、好きなの、好きなの」といった言葉で、実に奇妙な響きであったけれど、その変な響きというのは、丁度レコードの同じ溝の上を、針が何回も廻っている時のような、不自然な繰返しとそっくりであった。――恐らく、彼女の愛の言葉は、これ以外に記録されていないのであろう、彼女の懸命な発音は、その記録の上を、必死に反復繰返したのに相違ない――。私は、慄然としたものを感じて来た。
世にも奇怪な、人造人間との恋愛という、未だ曾て聞いたこともない事実を、私は身をもって演じていたのである。
それにしても、どう考えても私に呑込めぬのは、ルミの有する感情――意志であった。如何に精巧な電気人間であるかはしらないけれど、それがすでに自己の意志を持つということは、とても、森源の科学でも説明することは出来ぬのではないか、と思われた。
(森源は、それを、どう説明するのであろう――)私は無言で、足もとの彼女を見詰めていた。
彼も、無言であった。既に、必要な言葉全部を吐出してしまった人間のように、ただ茫然と、しどけなく床に伸びたルミを、見下しているのであった。
その横顔、小鬢のあたりに、私は、思いがけぬ白いものを見、森源は、すでに、そんな齢なのであるか、と気づき、その落ちた肩をそっと抱いてやりたいような気もしたのであった。
×
森源は、やがて、ルミを抱えて去った。
私はわざとそれを送ろうとはせず、二階の手すりから、科学者森源が、それこそ半生の精魂を罩めて産んだルミを、半ば引ずるようにして去って行く後姿を、泪ぐましい気持で見詰めていたのであった。
森源にとっては、実子にも増す、かけがえのないルミが、路傍の人であった私の為に、科学の常識を無視して、彼を棄ててしまったのである。彼の悲痛さは、私にも充分想像することが出来た。それだけに、尚さら、森源の重たげな足どりが、よろめくように私の視界を去っても、私の暗然たる気持は、長く拭い去ることが出来なかった。
――その夜、私はここへ来ては唯一の慰安であるラジオを聞こうとして、ダイヤルを廻しながら、不図、愕然として思いあたることがあった。
というのは、ルミの意志――についてである。あれは、ルミの意志ではないのだ、私の意志なのである。
森源は、脳波操縦ということをいっていた。私はラジオをいじり乍ら、その脳波と電波というものを
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