流しの醸す雰囲気は、誰だって、溜らなく好ましいものに相違ないのですから……。
 ――一方、又、景岡にとっては、この放心したような、自由な姿体を持った裸の群れを、彼の檻《おり》の中に置いて、どんなに狂喜したことでしょう。
 景岡秀三郎は、殆んど総ての時間を、浴槽の下にある、薄暗い部屋で送っていました。その部屋は、勿論景岡一人しか知らない秘密の部屋で、浴場の裏に附属している母屋の、彼の私室である二階から、裏階段を通って直接下りて行く以外に道がなく、従って、雇人たちの眼に触れずに、こっそり[#「こっそり」に傍点]と往復することが出来るのでした。
 その部屋の様子は、一口でいえば、硝子張の天井を持ったコンクリート造りの地下室――だったのです。
 地下室で、四囲《あたり》は真暗ですから、頭の上の硝子張(浴槽の底)を透して来る光だけが、ほのぼのと部屋を照らしていますその光りで見ると、その部屋にはたいして道具などもなくただ、安楽椅子ともいうべき寝椅子と、その他二三脚の普通の椅子、それに莨盆《たばこぼん》を乗せた小さい卓子……等だけが、ほんのりと浮き出して見えるきりです。
 二三尺もお湯を透して来る光りは、この為にこの景岡浴場は充分過ぎるほど採光に意を払って建てられているのですけれど、それでも妙に蒼味がかった、何んともいえない色合を見せていました。恰度――なんていいますか、あの厚いガラス板を縦に見た時に、深淵の澱んだようなモノスゴイ蒼さを見せますけど、一寸、あの感じ……とでもいいましょうか。
 さて、景岡秀三郎はその密室に這入りますと、いつもさっきの寝椅子にゴロンと横になるのです。斯うすると、恰度眼の前二尺ばかりのところへ浴槽の底の硝子板が来るのでした。
 そうして楽々と寝そべって、タバコをふかし[#「ふかし」に傍点]乍ら、その世にも奇妙な、滑稽極わまる、徹底的曝露舞踊を、独《ひと》りニヤニヤと眺めている――この彼自身の姿に彼自身、狂いそうなウレシサ、とてもたまらないタノシサを感ずるのでした。

      三

 この頭の上を舞《おど》り廻る裸形のダンサー……ああ、とても罪なことに、その中には○○も○○もあらゆる階級の人が、何んにも知らずに舞《おど》っているのです……に放心したような月日を送っていた景岡秀三郎も、興味的にのみ眺め暮していたのが、いつとはなく観察的にそれ等を見るよう
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