らの一切の刺激を断った「眠り」という状態だ、この不可思議な状態は凡ての人々が余りにも多く経験するので、それに就いて少しでも深く考えようとしないのは随分軽卒だということが出来る、君、この「眠り」の中にどんな知られぬ世界が蠢《うごめ》いていることか……、そして又君は屡々《しばしば》寝ている間にどうしても解けなかった試験問題の解を得たり、或は素晴らしい小説の筋を思い付いたりして所謂《いわゆる》霊感を感じるというようなことを聞いたり、或は君自身も経験したことがあると思う、それというのも皆この第二次以上の空間を隙見して来たに過ぎないのだ、ところが君、この「眠り」にも未だ現世との連絡がある、それは呼吸だ、それがある為に人々はまだ幻の世界に遊ぶことが出来ないのだ、併し僕は其唯一の連絡を切断して了ったのだ――。
 人は皆胎児の間に一度は必ず是等の幻の世界に遊び、そうして其途上に何か収穫のあったものが生を享けてからこの現実の世界に於て学者となり、芸術家となり、又は犯罪者となるのだ。
 幻の世界は一つではない、清澄な詩の国もあれば、陰惨な犯罪の国もある。昔、仏教は訓《おし》えた、次の世界に極楽と地獄のあることを、それを思い合わせて見ると、この地獄極楽を訓えた者も或は僕の如くこの幻の世界の彷徨者であったかも知れぬ』



底本:「怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集 魔像」ちくま文庫、筑摩書房
   2003(平成5)年6月10日第1刷発行
初出:「探偵趣味」
   1931(昭和6)年7月号
入力:門田裕志
校正:川山隆
2006年11月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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