森に続いていた。私は黙々として記憶の道順を反芻しながら、いくつかの十字路を曲ると、むくむくと生え並んだ生垣の中に、ぼんやりと輪を描く外燈を発見した。
 私は、も一度「黒住」とかかれた真ッ黒い表札を確めると玄関の格子戸を細目にあけ、案内を乞うてみた。
(はい……)
 そんな返事が、台所の方できこえると、ばあや[#「ばあや」に傍点]が、濡れた手を、前掛で拭き拭き出て来た。
『まァ、春樹さんじゃありませんか、まァまァすっかりお見外《みそ》れいたしましたよ、ほんとにお久し振りで……』
 ばあや[#「ばあや」に傍点]は久し振りの訪問者を、嬉しそうに迎えてくれた。
『まったく、御無沙汰しました。……箒吉君は――』
『ええそれが……まァおかけ下さいまし』
 ばあや[#「ばあや」に傍点]は蒲団を押出すように、私の方に寄来した。
(いないのか――)
 私は軽い失望を味わって、蒲団に腰を下ろした。
『それが貴方……』
 ばあや[#「ばあや」に傍点]はいかにも大事件だ、というように手をふりふり話し出すのであった。
『まァほんとうに、貴方様に来ていただいて、どんなに心強いか、知れはしませんわ……ええ、そりゃ御手紙を度々|頂《いた》だきましたのは、よく存じておりますけど……何せ、同じ家に居りながら、わたしもちかごろは、まるで箒吉様にお逢いしませんし……』
(妙なことをいう)
 私の口の先まで、出かかった言葉を、ばあや[#「ばあや」に傍点]は押しかえすように
『何せまァ、わたしは心配で心配で、それは前から変った御気性の方ではございますけど、それがまァこの頃は、一体何をなさって居られるのやら、わたしにも一向わかりませんので』
『へえ、じゃ家にいないので――』
『いいえ、それが貴方、ずっとお部屋にいられるようなんですけど、そのお部屋が――ええなんと申し上げましょうか……その座敷牢……とでも申し上げたいような……』
『自分で好んで、はいってるんですか』
『滅相もない、なんでわたし共が旦那様を座敷牢などに――それは御自分でお造りになったので、わたしが御食事を差し上げますのは、戸に小さな窓が開いておりまして、中から箒吉様がお開けになって受取られるほか、覗くこともお許しになりませんのでございます』
(そんなことが……。正気の沙汰じゃないぞ)
『へんな話ですねェ、で、いまもその部屋にいるんですか』
『さあ、
前へ 次へ
全9ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング