れど、川島は構わずに続けた。
「いずれにしても、あの綺麗な、成人した少女たちを、こんな山奥の沼畔にいつまでも置いては可哀想じゃないんですか、都会――というより世の中に出して教育をされるとか、また、あなたにしても、これだけの大成果を誇ってもいいし少くとも発表すべきではないんですか」
「世の中に出す、って――」
吉見は、ギョッとしたように川島を見詰め、それから急に額に縦皺をよせて、激しく頭を振った。
「と、飛んでもないこと、あの三人はわし無しでは一日も生きて行けないのだ。わしは全霊を打込んで手塩にかけてきたあの三人が、世の中に出されれば屹度《きっと》好奇心の犠牲になることを知り切っている、見世物扱いを受けさせることが堪えられないのだ、わしはわしの苦心を見世物にしようなぞ、断じて思いもよらんことだ」
吉見は、その胡麻塩の髭のなかから眼を光らせ、のしかかるような激しい口調でいったかと思うと、こんどはまた急に、また哀願するように囁くのだ。
「いや、君はそんなことはないね、まさか君はあの三人をわしから引※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《ひきむし》って行って、一と儲けをたくらむような、そんなことはあるまいね、――洋子たちは此処で充分幸福なのだ、そっとして置いてやってくれたまえ、それに、この素晴らしい大事業の名誉を、わしのために守ってくれるなら、わし自身が発表するまで君だけの胸に畳んで置いてもらいたいのだが……」
「むろん、そんなこといいやしません、ぼくは香具師《やし》じゃありませんからね」
「そう、ありがとう……、植物人間はまだわしが充分と思うまで完成されていないのだ、それがしっかり完成するまで他人《ひと》に知られたくはないのでね」
「よくわかってますよ、――万一ぼくが口をすべらしたからって、第一地図にもない沼のほとりで遭ったこの出来事を、そのまま信じてくれる人なんぞあるものですか」
吉見は、口をへの字に曲げて頷いた。
「ところで、だいぶお邪魔しましたが、ぼくは九里峡の方に出たいと思うのですが、……」
川島は、吉見からくだくだしい挨拶とともに、九里峡へ通ずる自動車道路までの道順を教わった。
その道順は、何百歩置きかにある草木を目印としたもので、とても二度と再びその路を逆に此処まで来られそうもなかった。寧ろ吉見はそれを望んで、わざとそのような教え方をしたので
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