、小便かな。君、おろしてやれよ、おい、君ったら……」
ハルミは、まだ抱いていた。
「ねえ、一寸――、一寸――」
見かねた美都子が、その小犬を抱きあげてやると、俯向《うつむ》いていたハルミは、そのまま顔も上げないで、両手をだらんと垂《た》らしてしまった。
「あらッ」
「寝ちまった?」
三人とも、ぎょっとした。
静かに小犬と遊んでいたと思っていたハルミが、いつの間にか華やかなナイトドレスのまま、椅子のなかにぐったりとしている。顔を俯向けているのが、一寸見ると膝の上に小犬をあやしているように見えたのだ。
「おい、おいったら……」
村田が肩をゆすったけれど、ハルミは一向に眼を覚ましそうもない。
(眠り病――。死か、直ってもバカか)
村田も喜村も、相当廻っていた酔が、すーっと足元から冷たい床に抜けて行った。
それでも、医者の端《はし》くれらしくハルミの脈を診《み》たりしていた村田は
「いけねえ、眼筋痲痺《がんきんまひ》を起してる――」
そういうと、あわてて奥の洗面所の方に、手を洗いに駈けて行った。
床に下された小犬は、別に小便をするでもなしに、くーん、くーんと泣きつづけていた。
医者であっても、開業医ではない村田の
「おい、医者を呼んでやれ、医者を――」
とバーテンにいっている声を聞きながら、喜村は、小犬をポケットに抱き入れると、美都子をせかしてバーを出た。
間もなく村田と、それにつづいて二三人の客が、気味悪そうに出て来た。
「可哀そうなことをしたね、……しかもこれは伝染系統がはっきりしないんだから気味が悪いよ」
村田は、夜ふけの冷気に、寒そうにオーバーの襟を立てながら、そう呟いた。
「やだね」
「ほんとにねえ、あたし、もう東京に来るのがこわくなったわ……茅ヶ崎にはまだ一人も出ないわよ」
美都子もそういいながら、冷え切ったアスファルトにハイヒールを響かせていた。
まるで申し合せたように逢った銀座裏のバーを出ると、三人は美都子を中にして新橋の方に歩いて行った。
「よしよし、よしよし……」
喜村は、ポケットのなかの小犬を、そういいながらあやしていたが
「仕様がないな、東京に来たせいか、とても神経質になっちまったよ――」
「だからお止しなさい、っていったのに――、汽車で見つかっても知らないわよ」
「大丈夫さ――、たぶん」
小犬は、まだくーん、くーん
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