ヤだった。
「まあ可愛い、一寸《ちょっと》抱かしてね……」
早速ハルミが抱いてしまって
「なんて名前――? ほしいわ」
「都合によっては、やらんこともない――」
「まあ、ほんと」
「ほんと、さ」
「おい、喜村。こういう手があるとは知らなかったね」
「はっははは」
「ねえ、なんて名前よ」
「名前か――、ムラタ」
「ムラタ? ――ムラタ、チンチン」
「くさらすない」
村田は、むっとしたように眼をむいた。
「はっははは、しかし可愛いだろ、こんなのは余興だけど家にゃ素晴らしいのがいるぜ、犬の王者のセントバーナードの仔《こ》もいる、こいつは少し、混《まざ》っているかも知れんが」
「なあんだ」
村田は、一寸|鬱憤《うっぷん》をはらして
「今、何処《どこ》にいるんだい……、矢ッ張り前の大森……」
「いや越したよ、茅ヶ崎にいる、大森あたりはじゃんじゃん工場が建っちまってね、犬の奴が神経衰弱になるんだ」
「おやおや、お犬様――だな」
「空気もいいしね……」
喜村は、一寸弁解らしくいって
「それに、こう冬になってまで眠り病が流行《はや》ってちゃ都会はあぶないよ」
「まったく……」
「そうだ、丁度今日は土曜日だね、これから一緒に遊びに来ないか、あした一日ゆっくりいい空気を吸って、陽に当って行くといい」
「犬の蚤《のみ》がたかりやしないか」
「冗談いうな、まさか犬小屋には泊めない」
「あたりまえさ」
村田も、冗談をいいながらも、久しぶりに気兼ねのない旧友に逢ったのだし、丁度予定のないあした一日を、海岸でゆっくり話すのもわるくはない、と思った。
「じゃ、行くかな……」
「うん、そうしろよ。――君、奥のを呼んで来てくれ」
ハルミは、まだポケットテリヤを抱いたまま立って行った。
「おや? 連れがあったのかい――」
「妹さ」
「妹? 妹を連れてバーなんぞをうろうろしてんのかい」
「というわけでもないがね、ちょいちょい出て来るのは大変だし、昼間はデパート巡りをつきあったから、こんどはちょいと此処をつきあわしたのさ」
「あきれたね……」
村田がいいかけた時に、ボックスの蔭になって見えなかったけれど、其処から、すらりとした美少女があらわれたので、口を噤《つぐ》んでしまった。
なんかというと、鼻の下ばかり擦《こす》っている喜村には、過ぎた妹だった。
二
「美都子《みつこ》
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