な顔を見ると、木曾は、微笑を返さずにはいられなかった。
このボルネオ研究支所のことについては、かねてから所長から内々の相談があったことだし、支所行きの人選まで木曾が案を作った経緯《いきさつ》があったのに、いざ、発表されて見ると、木曾の案がそのまま用いられておりながら、肝腎の木曾自身が、どうしたことかその選に洩れているのである。木曾が呆然としてしまったのは、そのためだった。なんだか自分だけが、除《の》け者にされたような激しい失意に、一瞬、打ちのめされてしまったのだった。
木曾は、新設のボルネオ支所で思い切り仕事がして見たいと、内心はりきっていたのである。そのために、人選については実験室からでも精鋭をすぐって置いたつもりである――、が、それが今は全く裏切られてしまったのだ。木曾は中庭を横切って自分の室まで帰って来るのに、まるで夢のような気持だった。自分の、この研究所に於いての仕事というものに、ここで終止符を打たれたような、何んともいえぬ落莫たる気持であった。
しかし流石に、石井みち子を前に置いて、ひどく取乱したところを見せぬだけは、やっと落着きを持ちこたえていた。いや実は相当顔にも出ていたのであろうが、突然「ボルネオに行く」と申し渡されて昂奮に取りつかれていたみち子に、ただ気づかれぬだけだったのかも知れない――。そして木曾は、あの親友僚一によく似た貌《かお》立ちのみち子が、いつになく上気した顔を真正面に向けているのを見ると、却って、やっと自然に微笑が浮ぶほど、落着きを取り戻して来た。
「木曾さん、所長が呼んでますよ――」
遽《あわた》だしくはいって来た助手の村尾健治が、ドアーを開けながら、いつになく弾んだ声でいった。
「ああ、そう――。村尾君もボルネオ行きだったね」
「はあ、お蔭様で……」
村尾もまた、どう怺《こら》えても込上《こみあが》って来てしまうらしい微笑を、口のへりに顫《ふる》わせていた。
「まあ、しっかりやってくれたまえよ、石井さんも行くんだ、よろしく頼むよ」
「はあ、あの……」
「はっは」
木曾は、笑った自分の頬が、ひくりと痙攣したのであわてて立上った。そして顔を外向けるようにしてドアーを潜《くぐ》って行った。
三
――今度のボルネオ支所開設のために色々手配してくれたことは感謝するよ、しかし君がここに止《とど》まることになった
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