行く。
 此山へ登るものは只私等三人より外に人が無いやうな氣がする、が、何人《だれ》か、何人とも解らないが、私とは別れて別の途を行つた人のあるやうな氣がする。
 途は下り坂になつた。凸凹の途に足が傷《いた》んでたまらない。見ると、脚下に遙か遠く、人家が立並んでゐる。薄曇の空は上から覆ひかゝるやうにしてゐるが、鐵色した塔の頂、白壁の家などが、歴々《ありあり》目に入る。私は立留つて眺め入つた。沈靜の色、何の物音一つ聞えて來ない。人家は並んでゐるが、其中に何人も住んでゐる人があるとも思はれない――途が少しづつ下る。と思ふと、私の傍を一人二人づつ、旅姿をした男女が通つて、傍目《わきめ》もせずに下つて行く。私も急いで降りようとしてゐると、後方から小足におりて來る人がある。一寸立留つて振|廻《かへ》つて見ると、少し隔つて若い女性が彳《たゝず》んでゐる。見覺えのある顏だな、と思つたが、其人は立つたまゝ動かない、おりて來ようともしない。何人だらう。私は二三歩後戻りした。「あゝ自分の妻だ!」胸の動悸は急に高まつて來た。如何樣《どう》したのだ、一所に下りて行かう、と慫《すゝ》めると、視線を落したまゝ動かな
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