奥なれば知らでや夏のおとづれもせぬ

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
おなじ頃、蓮の咲きければ。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

山寺の杉間すずしくかをるかな花さき出でつやり水の蓮

よそに見て蓮《はちす》の音をちらさめや来ん世にかをるわが魂にせん

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
落葉二首。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

桑やなぎ風に黄ばみて散る頃は日影もかなし野辺の夕ぐれ

こもりたる樋守《ひもり》が家の川柳ちればあらはに月のさし入る

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
寒月。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

枯れすすき霜にきらめく影更けて荒き裾野に月白く照る

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
高野川のほとりに住みける春。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

月よめば春は遠けどあらたまの年立つ日には山の霞める

柳のみ春しりがほに青むかなこぼれし壁をわび人は守《も》る

降るままに柳をつたふ春雨のしづくの珠を蜘蛛《ささがに》の貫《ぬ》く

たらちねの少女子すゑて守るばかりわが守る花を折りゆくや誰

高野川わがむすぶ手もかをるなり花のしづくや水に散るらん

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
おなじ頃、或夜門さしたる後、友の来て叩かで帰りぬと聞きて。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

帰りけん霞の閉づる柴の戸はなど叩かぬやうぐひすの友

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
物おもふ頃。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

苔の上にひとり咲き散る花なれば惜む人なし見る人もなし

老いぬとて捨てんものかは古川の朽柳にも芽は萌えにけり

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
桜四首。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

楯倉や御祖《みおや》の宮の河合に咲きおどろかす一もとの花

靱《ゆき》負ひて太刀を佩きたる物部《もののふ》のよそほひしたる山ざくら花

朝のかぜ吹けば野寺の茅葺《かやぶき》に雪のはだれと散るさくらかな

亡き世にも苔の下《した》にて花を見んさくらばかりに心のこれば

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
宇田淵と詩仙堂に遊びて。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

かきこもる木陰かすかにともす火のうつるも涼し山のやり水

山かげの滝の音《と》きよし蜩《ひぐらし》の啼くこゑ聞けば秋ちかづきぬ

蝉の音に夏こそ残れ山窓はにほひすずしき葛《くず》の初花

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
播津国住の江の遠里小野にまかりし時。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

露おけば白く涼しな住の江の遠里《とほざと》小野《をの》の草な刈りそね

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
妙心寺中の蟠桃院なる稻葉宙方の身まかりけるに。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

六十路《むそぢ》あまり共に浮世を夢と見き君こそ先づは覚めて往にけれ

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
山城国愛宕郡高野村の猪口徳右衛門は、若き頃より禅を修しけるが、身まかりければ、手向けつ。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

なきがらを世に打捨てて一つだに物見ぬ本《もと》つ身に帰りけん

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
明治二十四年一月九日、西賀茂神光院なる覺樹老比丘の入寂したまへるに。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

かりそめの影なりながら法《のり》の月雲がくれこそ悲しかりけれ

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
薩摩国より帰れる時。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

繁糸《しげいと》のいとも苦しや世の中は長しみじかし心みだれて

人わざのしげきを捨てて身を安く世を過《すぐ》さんと求めぬはなし

身のあらんかぎり思はず仮初《かりそめ》の世にいつまでのうかれ心ぞ

たまたまに浮世の夢は見しかども心とむべき里だにもなし

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
人に示す。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

何事もみな我からぞいささめに人を悪しとは言ひなくたしそ

人とわれ隔てごころの起る時おのれに告げよ道に惑ふと

天地の人も一つを隔てしてわれはごころに身をぞ過まる

わが物と何を定めん難波潟蘆のひと節《よ》のかりそめの世に

家あれば家をうれたみ田のあれば有るが歎きの種とこそなれ

田も家も無さを悲むうらうへに有れば歎きぬわが妻子《つまこ》まで

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
相国寺荻野獨園老師の七十の賀に。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

老の陰《かげ》かくさで照せ法《のり》の月めぐみを有漏《うろ》の露にやどして

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
倉田保之の七十の
前へ 次へ
全20ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 礼厳 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング