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ふたもとの年の門松いはへいはへひともとは君ひともとは親

世を知らぬ老が今朝くむ水にすら若してふ名は憎《にく》からぬかな

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おなじ年の春、徳山にありて、金子正煥の六十の賀に。
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人の世の六十路は越えつ身の憂きを遁れて遊べ花鳥のうへに

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おなじ頃。
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山落つる水を田に引き牛入れて都濃《つの》の里びと苗代づくる

のどけしな野寺の鐘の音さへもほのかに霞む花の夕ぐれ

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またおなじ頃、何となく身の終りの思はれければ。
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月花にうかれつくして身の果は露のかをりに骨も清《きよ》けん

何くれと世に言挙《ことあげ》はせしかども物言はぬ身と今ぞなりなん

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この夏、雨の久しく降らねば。
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沖辺より西南風《ひかた》ふくらし南の海日にけに川の水の涸れゆく

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おなじ夏、長くわづらひて徳応寺に打臥すほど。
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暑き日もわが臥す床の涼しきはこの竹蔭《たかかげ》のあればこそあれ

口鬚《くちひげ》も髪もけづらじ天地の世に生みいでし心まかせに

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辞世。
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(寛いふ。父の病おもりぬと聞きて、大圓は京より、寛は東京より下りしに、八月十六日の午後三時頃、父は寛に扶けられて起き直り、大圓、照幢その妻彌壽子などを床の辺に居させて、わが命も今日は限ぞ、もろともに別の歌よまんと言ひて、次の歌どもを口授し給ひ、また子等の詠み出でつる歌をも聞きて打笑まれしが、十七日の午前三時ばかりに、念仏の声かすかになりて安らかに息はて給ひき。)
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なにかわれ言挙《ことあげ》はせん天地の足りそなはれる中《なか》に死ぬとて

鷲の山まよひ出でし折は忘れしか月見てかへる秋は来にけり

花と言へば身の終るまでなぐさみぬ来ん世のかをり俤《おもかげ》にして

生けるほどは花に眠りて過《すぐ》しけり今日さめゆ
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