》しても、此の文庫の中を開けさへすれば永劫変らぬ二人の若々しい本体は何時《いつ》でも見られるものだと極《き》めて、良人《をつと》にも手を触れさせぬ程大切にして居るのである。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
『それはお銭《あし》に成るものぢや有りませんよ。』
[#ここで字下げ終わり]
美奈子は凛《りん》とした甲走《かんばし》つた声で云つた。執達吏と山田とは文庫を一寸《ちよつと》開けて見て
『書類ですな。』
と言つて蓋をした。保雄は偶《ふ》とキイツの遺《のこ》した艶書が競売に附せられた事を思《おもひ》出して、自分達の艶書は未《ま》だ銭《ぜに》に成るには早いと独り苦笑した。
門前には誰か来客があるらしい。
『お父《とう》様は。』
と訊《き》くと、兄の勇雄が、
『お在宅《うち》ですよ。』
『お客様ですか。』
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
『新聞社から役人が来て差押をして居るの。』
『僕達の着物も、母《かあ》さんのも、阿父《おとう》さんの物も。』
[#ここで字下げ終わり]
と弟の満雄《みつを》が言ひ足して居る。保雄は出掛けて行つて二人の小供を叱る勇気も無かつた。[#地から1字上げ](完)
底本:「読売新聞」読売新聞東京本社
1909(明治42)年3月14日〜17日連載
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にをあらためました。
※底本の総ルビを、パラルビにあらためました。
入力:武田秀男
校正:門田裕志
2003年1月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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