ひく夕野

ほほゑみて火焔《ほのほ》も踏まむ矢も受けむ安きねむりの二人《ふたり》いざ見よ

それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れ草つむ (晶子の君と住の江に遊びて)

羽子《はご》よ毬よみな母君にかくされて肩上《かたあげ》あとの針目《はりめ》さびしき

くれなゐに金糸の襟の舞の子を三月《みつき》画にすと京にある君

紅筆《べにふで》にわづらひたまふ歌よりも雪の兎に目をたまへ君

見じ聞かじさてはたのまじあこがれじ秋ふく風に秋たつ虹に

きぬでまりましろきなりに春のきてかがる色糸《いろいと》みなもつれたり

たてかけし琴の緒ひくくひびきたり御袖のはしも触れじと思ふに

てずさびにつなぎし路のいと柳誰れその上をまたむすびたる

ちる花に小雨ふる日の風ぬるしこの夕暮よ琴柱《ことぢ》はづさむ

春さむし紅き蕾の枝づたひ病むうぐひすの戸にきより啼く

瞳《ひとみ》まだ栄《はえ》に酔はすな春の雲と袖もておほふ雛のうぐひす

夕顔に片頬あたへしおごりびと妬たしと星も今ちかう降れ

飢ゑていま血なきに筆もちからなし人よ魔と書く文字ををしへね

みいくさの艦《ふね》の帆づなに錨《いかり》づなに召せや千すぢの魔もからむ髪

ふる鏡霜に裂けたるこだまなし夜烏《よがらす》むせび黄泉《よみ》にや帰る

かたつぶりひさしに出でし雨ふつ日瓦にさきぬなでしこの花

たもち得ぬ才はたとへばうまざけの破《や》れし甕《かめ》にも似たるこの人

ましら羽の鳥に啣《ふく》ます花ひとつ武蔵のあなた十里におちよ (上総なる林のぶ子の君を懐ひまつりて)

髪なでて鏡ゆかしむ夜もありぬ夢にや摘まむしろ百合の花

わが袖も春のひかりの帰らじや牡丹|剪《き》らせて皷《つづみ》に添へば

雲に見る秋のうれひを葉に染めて泣くにしのぶに陰よき芭蕉

扇なす彩羽《あやは》の孔雀鳥の王おごりの塵を吹く春のかぜ

大原女《おはらめ》のものうるこゑや京の町ねむりさそひて花に雨ふる

おばしまの牡丹の花に額《ぬか》たれて春の真昼をうつつなき人

幸《さち》はいま靄《もや》にうかびぬ夢はまたしづかに降《お》りて君と会ひにけり

薔薇《ばら》もゆるなかにしら玉ひびきしてゆらぐと覚ゆわが歌の胸

せめてただ女神《めがみ》の冠《かむり》しろ百合の花のひとつと光《ひかり》そへむまで

地にわが影|空《そら》に愁の雲のかげ鳩よいづこへ
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