のごと

李《すもゝ》ちる京の夕かぜ又も泌《し》むひととせ見たる美くしき窓

ゆく春をひとりしづけき思かな花の木間《このま》に淡《あは》き富士見ゆ

江戸川のさくら黄ばめる朝靄にわかれし人をえこそ忘れね

春雨に山吹うかぶ細ながれみどりこなたへ君をいざなへ (東の京より西の京の友へ)

秋の日のこがねにほへる遠木立《とほこだち》そこにか母のありかたづねむ

磯にして君を思ふに清き夜や歌とは云はじ浪に得し珠 (以下二首上総の海辺にて)

汐あむや瑠璃を斫りたる桂なし海松《みる》ぶさささとも額《ぬか》ふれにける

とほく行く身にたまはりぬ琵琶だきて秋の雲みる西のみづうみ

この世にはあらずと知りしかたらひをしづかに思ふ森かげの道

春うたふ小鳥追ひ打つ世と知らずあくがれ出でし花の木《こ》づたひ (以下拾首さることにふれて)

うるはしきゆめみごこちやこのなさけこの歌|天《あめ》の母にそむかじ

彼の天《あめ》を知らぬ土鼠《もぐら》の宮守《みやもり》にわが歌悪しと憎まれにけり

耳しひしひじりはわかきうぐひすのよき音《ね》は問はず籠《こ》に閉ぢてのみ

われ咀ひ石のものいふ世と知りぬつめたき声に心こほりぬ

みなさけかねたみか仇かあざけりかほほゑみあまた我をめぐれる

歌はみな天《あめ》のひかりにあこがれぬ母なき国に栖みわびぬれば

わが歌は鴿《はと》にやや似るつばさなり母ある空へ羽搏《はう》ち帰れと

大神のみまへめぐりて立たむときかしこき人ら今日を忘るな

わきて身にしむやこの秋もみぢ葉のこきひと葉すら咀はれの色

[#改丁]
曙染

[#地から1字上げ]與謝野晶子

春曙抄《しゆんじよせう》に伊勢をかさねてかさ足らぬ枕はやがてくづれけるかな

あゝ野の路《みち》君とわかれて三十|歩《ぽ》また見ぬ顔に似る秋の花

ほととぎす聴きたまひしか聴かざりき水のおとするよき寝覚《ねざめ》かな

海恋し潮《しほ》の遠鳴りかぞへては少女となりし父《ちゝ》母《はゝ》の家

加茂川に小舟《をぶね》もちゐる五月雨《さつきあめ》われと皷《つゞみ》をあやぶみましぬ

鎌倉や御仏《みほとけ》なれど釈迦牟尼は美男《びなん》におはす夏木立かな

おもはれて今年《ことし》えうなき舞ごろも篋《はこ》に黄金《こがね》の釘《くぎ》うたせけり

養はるる寺の庫裏《くり》なる雁来紅《がんらいこう》輪袈裟《わげ
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