わで編物をしていた紀久子は「さあどうぞ」と立ちかけて急いできまりのふた目を編んでいる。斜めになった膝から転げた白い毛糸の玉が、入ってきたおきえさんの素足を停めた。足化粧をしているかと思われる艶々とした肌に親指の薄手なそりが何んともいえず美くしい。家の内では冬でも足袋をはかないでいるところをみると、おきえさんはこの足の美くしさを充分に知っていて、これが人眼にふれるのを誇りにしているともみえる。紀久子はおきえさんの素足へちらと眼をやって、そんなことを考えていた。
おきえさんは膝をついて毛糸の玉を拾いあげると「御精が出ますことね」と頬笑みかけながら下座になっている縁のはたへ坐った。姉や兄の前でもおきえさんはいつも下座を選ぶのである。
「ちょっと、御覧になって頂きたいものがありまして」
こう云って下へ置いた包みをほどきにかかった。行きつけの百貨店から届けさせた反物らしい。
「あの、こんな柄お気に召しませんでしょうか」
濃い紫の地に紅葉をちらした錦紗をするするとほどいて自分の膝へかけた。
「前から心がけていたのですけれど、なかなかよい柄がなくて。あの、いつも御親切にして頂いているほんのお礼心なのですから、どうぞ」
それだけを云うのにもぽっと頬を染めて、気おくれからか、張りのあるふたかわ眼を何やら瞬くようにして紀久子をみあげていたが、「それから……」と云い淀んで包みの中から反物を二反とり出した。
「これはわたしの普段着にしたいのですけれど、どちらがよろしいかお決め頂こうと思いまして」
柿渋色の地に小さな緋のあるのと、もうひとつは黒とねずみの細かい横縞であった。どちらも見栄えのしない地味すぎる柄あいなので、もっと派手むきのを選んだら、と勧めると、
「あの、これでも派手なぐらいに思っていますの、これからは出来るだけ地味ななり[#「なり」に傍点]をいたしませんと」
おきえさんは俯向いて、すんなりとした手で徐かに膝を撫でている。いかにも今の言葉を自分へ云いきかせている様である。たどたどしいながら何かしら自分たちへ追いすがろうとするその一生懸命さが不憫になってきた。このひとにしては精いっぱいの事をやっている。それをどうして自分は素直に受けられぬのだろう。おきえさんは俯いてまだ膝を撫でている。それを眺めていると思いもかけず興奮が胸へ湧き上ってきた。これはおきえさんへの愛情だろう
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