込んだんだろう。お松さんかね?……今ね、鼠が……」
 スイッチを探すお松の手に、男の裸な胸が触れた。彼女は二三歩跳び退いた。
「電燈つけちゃ駄目だ。鼠が逃げてしまうからね。折角此処迄追いこんだんだ。確かこの中だな。素手で捕えてみせるよ。いいか。兼ちやん余り騒ぐもんだから逃げちゃったかしら……」
 闇の中で男の身繕《みづくろい》が際立ってザワついた。声が縺《もつ》れて慄えている。
「アーメン、来うよ。来うって……」
 白い腕が無気味に動いて男を探し求めた。
「兼! さ、行こう、来うよ。」
 お松は娘の躯《からだ》を抱えるように曳きずって行った。
「そうだ。寝た方がいいんだ。僕が余りバタバタやったもんで起き出してきたんだ。それはそうと、お松さん、今夜の伝導説教はどうだったね。集りはよかったですかね?」
 妙に嗄《しわが》れた高い声が、会堂の中からお松を追い駈けてきた。
「……はい、万事都合よく、みな様は先生の御病気を案じ申していられました……」
 鼻の先きへ熱いものが突き上ってきた。
 お松は静脈の突起した手を胸へ置いた儘、明方迄祈りを続けていた。

       5

 眼の鋭い、禿鷲《はげわし》のような男が訪ねてきて、欽二の行動について、お松の知ってる限りを鑿《のみ》のような舌の先きでほじくっていった。
 男が帰った後で、蔭で立ち聞きしていたらしい牧師は、眉間へ露骨な縦皺を寄せて、お松を白く睨んだ。
「欽二君もとんだいい所とかかり合いを持ってるね。あれでも模範職工かね。ところで、ああいう男が教会へ出入りしたとなると、信者間でも問題が起る。引いては教会の名誉にもかかわる至極迷惑な話だ。お松さん、これは何とかして貰わなければ……とかく、白い壁に付く泥は目立ち易いからねえ――」
 厭な言葉がピシャピシャお松の頬を叩いた。
 ――欽二に限って間違いのあろう筈がないが。だが、この間来た時の口のききようじや、万一そんな事でもあったら……
 併し、お松にとっては、この際息子に対する危惧の念よりも、牧師の何時もと違う不当な態度が何よりも肚にこたえた。
 あの夜以来の落ちつかない彼の行動、自分達親子を不快視するその瞳、穏和そのものだった神様が、急激に粗暴になったこの変化を、お松はそこへ触れ度くないような気味のわるい原因と結びつけて、極力それを否定してはいても、時折り不意な恐怖がやって
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