。肩に手をかけ、背伸びをして、青空に浮んだ守山をのぞきあい、野火をつけに行く日を、わくわくしながら勘定した。
 仙太は、屋根に上って雪を投げ落していた。
「危ねえぞ」
 子供らは蜜柑箱に雪を入れて溝に運んだ。堰き止められた水が、やがて満ちて、どうと雪を圧し流すと、一度に歓声を上げた。
 仙太は耳をすました。嬰児の泣き声が下の間から微かに聞えていた。
「泣かせるな!」
 と、上から怒鳴った。母親のぶつぶつ言う声がきこえた。赤子が届けられて以来、仙太が極端に無口に、また、ひどく怒りっぽくなったのを母親は知っていた。そして、自分も一半の責任を感じて、出来るだけ逆らわないようにしていた。
 よく泣く児であった。殊に夜になると絶え間なしに泣き続けるのであった。
 その夜は寒かった。冬の閉じる頃よく襲うてくるあのきびしい凍てつきだった。
 仙太は、ふと、赤子の泣き声で眼をさました。そして、母親の溜息を聞いた。
「苦労かける子供《わらし》だなあ。なして、また生まれてきたやら」
 仙太は、かっとなって跳び起きて、あっけにとられている母親から赤子をひったくった。急に泣き叫ぶ赤子を抱えて、外にとび出した。父親が戸口まで追いかけて来た。
「仙! 気でも狂ったか」
 外は氷りつき、足駄がカラカラと鳴った。
 黒はふうふう、白い息を吐きながら主人の前を駈けて行った。
 仙太は、赤子を自分の肌にぴったりくっつけた。
「よしよし、な、よしよし」
 人通りはなかった。犬の遠吠が聞えた。
 お高とは先生のところで別れたきり逢わなかった。三日おいて新寺の墓所に行って待ったが、約束の時間を二時間すぎてもお高は来なかった。その時は、寒さが体にさわるからと善意に解したけれども、それっきり、もう、仙太の前には現われなかった。子供は生れて一と月目に、産婆の近藤さんが抱いてきた。牛乳は一日にこれこれの分量で、と説明したのち、
「あまり丈夫なほうでねえからね、母乳が一番ええどもなし」と、つけ足した。
 仙太は中町をまわって、知らず識らずのうちに菅原の家の前に立っていた。戸を敲こうとしたが、凝っと耐えて待った。
 嬰児は、かぼそい声で泣き続けた。
 誰か起きてくる気配がした。ひそめた話し声がした。叱りつけるような声もする。
 仙太は息を呑んで、戸口に顔をおしつけるようにして言った。
「菅原さん、仙太ですが……」
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