町に着いた馬車の喇叭が風の中に震えてきこえた。
「お父さんが帰ってきたかもしれない……」
 お高はもう一度悠っくり考えたかった。不調に終った場合を想像すると、どうしても仙太の疾る心を抑えつけたかった。しかし、一途な仙太の激しい気性を知っていたから、もう、どうしようもないと諦めて、つられて歩きはじめた。
 二人は揃って墓地を出た。真っ暗だった。
「いいじゃないか、夫婦だもの」
 仙太はどうしても離ればなれに歩くのに反対した。そして、突然、つよくお高を抱きしめた。
「あえ、この人ったら! だれか見てるして」
 お高は、一息ひと息に途切らして、ようよう、こう囁いた。
 道には誰もいなかった。けれど、お高は俯向きに、裾をおさえて、仙太よりも少し遅れて歩いた。
 黒は二人の先を行った。

 柳屋先生宅での会談は、不調に終った。
 先生のはからいから、若い者には先に帰ってもらって、親どうしの話し合いであった。
 お高の父親の菅原孫市の言い分はこうである。
「世間では、娘と金を引き換えだなんて言ってる人もあるようですが、わしだって、この町の収入役をしているくらいの人間だし、そんな人身御供みたいな真似をしたわけでもねえです。最初から当人同志が惚れ合った仲だし、むしろ喜んでるですが、それとこれとは違って、あぶらやさんがあれだけ堅く約束した貸金のことは、恥をさらすようなものですが、此方もせっぱ詰った揚句のことで、それすら実行して呉れねえとなると、将来親戚としてつき合っていけるかどうか心細くなるし、いっそのこと、今の内にと、引き取ったわけでしてな」
 仙太の父親は、こう受ける。
「それについては、手前の方からお話しねば分らねえです。先達も、先生さお話申したような訳でして、お高さんを金で買ったでもねえし、また家さ金のなる木を植えてるわけでもねえし、何んとか遣り繰り算段して、その内に、利子だけは負けにして融通しようと思っていたですが、何んせえこの頃の不景気じゃあ店は売れねえし、貸金は利子も入らねえ始末でして……それを無理にこうしろ、しなければお高さんを連れて行くっていうのはあんまりな仕打ちで……」
「そんなに金に困ってる人が、先々月県下の木工会社さ五千円も貸し付けたって話ですが、あぶらやさんは話はうまいが、利子生まねえ金あ持ってねえとみえて……先生、まあ聞いて下さい。人にも話せねえことです
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