たが、実は、さっき会った友だちに妙に心を惹かれていたのである。
 お詣りをすませて毘沙門を出てきたところを、「あら、お初っちゃんじゃないの」と声をかけられた。小学校の時仲好しだった遠藤琴子だとすぐに気が付いた。小石川の水道端に世帯をもってからまだ間がなく、今日は買物でこちらへ出てきたのだ、という。紅谷の二階へ上って汁粉を食べながら昔話がひと区切りつくと、琴子は仕合せな身上話を初めた。婿さんの新吉さんは五ツちがいの今年二十八で申分のない温厚な銀行員。毎日の帰宅が判で押したように五時きっかりなの。ひとりでは喫茶店へもよう入れないような内気なたち[#「たち」に傍点]なので、まして悪あそびをされる気苦労もなし、何処へ行くのにも「さあ、琴ちゃん」何をするのにも「さあ、琴ちゃん」で、あたしがいないではからきし[#「からきし」に傍点]意気地がないの。まるで、あんた、赤ん坊よ。――と、いかにも、愉しそうな話しぶりである。それに惹きいれられて、お初が琴子の新世帯をああもこうも想像していると、
「お初ちゃんはどうなの?」
 ときかれた。
「ええ、あたし……」
 と云うたなり、うまく返事が出てこない。それな
前へ 次へ
全42ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング