笑顔で誘いかけた。
「素人はあとがうるさいことになるから真っ平だ」
と云い慣れていた唐沢氏が、その建前を崩して素人へ関りをつけている。金で自由になるという玄人の世界を縁遠いものに考えて、これまで妬情を諦めていた夫人は、おつねさんを前にして不意に胸の疼くような嫉妬を感じた。
「女中たちは?」
不思議に声だけは、いつもの穏やかさで尋ねられた。
「はい、旦那様のおいいつけで、活動をみせに出しました」
おつねさんは伏眼になったまま応えた。
「お仕度をして、あなたも見物においでなさい」
云いのこして夫人は青白んだ顔をひきしめ、利かない片足を曳いて徐かに離れへ行った。――
忘れていたその時の妬情が、今、老夫人の裡に頭をもたげてくるのである。おつねさんへ抱いたと同じ感情が、おしもへ向っていく。ただ、あの時に較べて今の方が爆ぜるような気力でおしもを視ているのが、自分ながら不思議なことであった。
四
十一月もまだ初旬だというのに、この朝夕は肌身を刺すような寒気がつづいて、葉を落した背戸の柿の木には、朱く熟れた実がうっすらと霜をかぶって四つ五つ、寒む風にゆれている。
茶の間には
前へ
次へ
全38ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング