ン内職にかかりつめるようになった。通いの娘たちは親しんで、よく働いた。仕事がだんだん立てこんで、ぎんはミシンにかかったなり応待したり製品の受け渡しを指図したりした。ニコニコ顔が利いて、取引先きの受けもよく、愛嬌者だと評判もよかった。
 ミシンの手を動かしている最中、ふと、眼前に広い立派な西洋間がひらける。大きな額や綺麗な飾り椅子がある。高い窓がいくつもいくつもあって、それにはみんな真っ白いレースのカーテンがかかっている。小模様の織目の細かい上等品である。ふんわりと揺れはためく裳裾の房がパタパタと鳴る。揺れるカーテンにコスモスの花が咲いている。淡紅い今にも消えそうな花が、白い花むらの中にぽつぽつと咲いている。花の波がゆさゆさと揺れる。裳裾の房がパタパタと鳴る。すると、カーテンがふんわりと揺れはためく。
 ぎんには、そのレースが織目の細かい上等品だということも、小模様が一つ一つコスモスの花だということも、たくさんの襞がふんわりと揺れうごくさまも、ありありと見えるのである。裳裾の房が耳の中でパタパタと鳴り、手を伸ばすと揺れはためくカーテンのやわらかな感触が伝わってくるのである。通りを走る電車の響きや人声やミシンの騒音の中に、その真っ白いカーテンだけがふんわりと音もなく揺れるのだった。
 蚊帳も団扇もしまいこんで雨戸を閉め切る時節となった或る夜、ぎんは寝床の中で俊雄の手紙を読み返していた。難かしい字が多くなって、このごろは判じよむのに骨が折れた。「伯母上様」と書き出しから、もう漢字であった。中学に上るとえらくなるものだと、ぎんは感心した。友だちはみんな万年筆を持っているのに、僕だけ買ってもらえないと愬えてあった。お父さんが今病気でお医者にかかっていると知らせてあった。僕は赤ん坊のお守りをしたり勉強したりで、とても忙しいと附け加えてあった。
 ぎんは、あした早速万年筆を買って送り出そうと思った。俊雄の喜ぶ顔を想像した。しかし、浮んでくるのは、涎れあぶくを吹いているよちよち歩きの男の子である。すると、まわらぬ口で「母チャン」と呼ぶ可愛い声がきこえてくるのだった。
 この春生まれたという赤ん坊へも何か玩具を送ろう。それから子供の父親へも見舞いの金を送ろう。貧乏して、どんなに困っているだろうと、ぎんは眼をうるませた。
 そして、カキカキした大きな字の手紙を頬に敷いたまま、いつのまに
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