女の子だねえ」
 龍子は横を向いて、涙ぐんでいた。
 丼をかたげて、ずるずると音をたてて汁を啜りきってしまうと中尾は、手の甲で口のはたを拭いながら言った。
「二口あるんですがね。百五十円と二百円ですが、どうも、二百円のほうは、三文役者の当《あて》なしなんでねえ」
「それあ、駄目よ」
 と、龍子は撥ねた。
「それから、河合がまた百円都合してくれって言うんですがね。もっとも、前のきまり[#「きまり」に傍点]は持ってきました」
 中尾は、内かくしから状袋をとり出して、利子の勘定をはじめた。金の話し合いになると、この男は、言葉つきまで改たまる。
 二人は、算盤をはじいたりしながら、しばらく、貸金の話しをした。
 日がすぎて、龍子は、弟子たちの前で折りにふれ寿女の遺品のことを話した。自分に遺されたものの貧しさを話した。弟子たちは、あんなに目をかけていた先生のところに、遺品の無いのはお気の毒だと話しあった。そして、いつか贈られた刺繍のスリッパや半襟やクッションなどを、それぞれ龍子の手に返した。

 寿女さんの百ヶ日がきて、わたくしは、加福の師匠宅のささやかな法要の席につらなった。
 師匠のはからいで、この集りは、寿女さんの数寄屋町在住の折りの繍によって結ばれた縁故にたよって、葛岡連之助氏、それに、銀三、俊男、この少年は、寿女さんが師匠の許をひく数日前に弟子入りしたのだから、もう五年余りからになる。それと新顔の彦松という年少の内弟子と、わたくしの、都合六人の集りであった。
 読経が終わって、食事を済ませると、やがて、坊さんは帰って行った。座にはだんだん寛ぎが出て、お茶にうつる頃から、どうやら話もはずんできた。
「葛岡さん、この頃は学校のほうにも教えておいでのようですが、ずいぶんとお忙しいでしょうな」と、銀三が訊いた。
「いやあ、貧乏暇無しでして」
 と、葛岡氏は鷹揚に笑って、「学校の刺繍科なんてものは、いまのところ、ほんの附け足しで、設備といってもまだまだ貧弱極まるものですし、教えるのに大骨ですよ。遠藤さんの勧めもありましてね、こんど、教授所のようなものの設置を考慮中なんですが、刺繍道に何等か貢献出来るという意味から言っても、ひと奮発しようと思っています」
 葛岡氏の話し振りは、ゆったりと余裕をもたせて、いささか訓示的でもある。
 黒の紋服に袴をつけて端然と坐っている姿は、如何に
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