モニカや、おもちやの胡弓や、舟底の台に載せた馬なんぞを、菓子で拵へたのを買ふのである。
「あの影はそれを買ひに往く父親《てゝおや》や母親だらう」と思つたので、ドルフは重荷を卸したやうな気がして、太い息を衝《つ》いた。
 それでも霧の中の瓦斯燈が葬の行列の蝋燭のやうに見えることは、前の通である。その上其火が動き出す。波止場の方で、集まつたり、散つたり、往き違つたり、入り乱れたりする。丸で大きい蛾が飛んでゐるやうである。「どうも己は気が変になつたのぢやないか知らん。あの蛾《てふちよ》は、あれは己の頭にゐるのだらう」と、ドルフは思つた。
 忽ち人声が耳に入つた。岸近く飛びかふのは松明《たいまつ》である。その赤い焔を風が赤旗のやうにゆるがせてゐる。ちらつく火影《ほかげ》にすかして、ドルフが岸を見ると、大勢の人が慌だしげな様子をして岸に立つて何かの合図をしてゐる。中には真つ黒に流れてゐる河水を、俯して見てゐるものもある。街燈は動きはしなかつたが、人の馳せ違ふのと、松明が入り乱れて見えるのとで、街燈も動くやうに見えたのだと、ドルフは悟つた。
 忽ち叫んだものがある。「ドルフ・イエツフエルスを呼んで
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