に単純なものではないな。驚嘆すべき美しさを持つてゐる。不可思議である。かう遣つて臂を伸ばさうと思へば、すぐ臂が伸びるのだ。」
かう云つて臂を前へ伸ばして見て微笑んだ。
「何がなんでも好い。恐怖、憂慮、悪意、なんでも好い。それが己の中で発動すれば好い。さうすれば己といふものの存在が認められる。己は存在する。歩く。考へる。見る。感ずる。何をといふことは敢て問はない。少くも己は死んではゐない。どうせ一度は死ななくてはならないのだけれど。」
ソロドフニコフはこの考へを結末まで考へて見ることを憚らなかつた。
忽然何物かが前面に燃え上がつた。まばゆい程明るく照つた。輝いた。それでソロドフニコフはまたたきをした。
朝日が昇つたのである。
底本:「鴎外選集 第十五巻」岩波書店
1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「学生文藝 一ノ二」
1910(明治43)年9月1日
入力:tatsuki
校正:ちはる
2002年3月5日公開
2005年11月21日修正
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