いたとき、なんだか心持の悪い、冷たい物を背中に浴びたやうで、両方の膝が顫えて来た。口では、「併しさうしたつて同じ事ではありませんか」と云つた。
「いゝえ。わたくしの霊が自然に打ち勝つのです。それが一つで、それから。」
「でもその君の霊といふものも、君の体と同じやうに、矢張自然が造つたもので。」
 忽ちゴロロボフが微笑んだ。ソロドフニコフは始て此男の微笑むのを見た。そしてそれを見てぎよつとした。大きい口がへんにゆがんで、殆ど耳まで裂けてゐるやうになつてゐる。小さい目をしつかり瞑《ねむ》つてゐる。そのぼやけた顔附が丸で酒に酔つておめでたくなつたといふやうな風に見えるのである。ゴロロボフは微笑んで答へた。「それは好く知つてゐます。どちらも自然の造つたものには違ひありませんが、わたくしの為めには軽重《けいぢゆう》があります。わたくしの霊といふとわたくし自己です。体は仮の宿に過ぎません。」
「でも誰かがその君の体を打つたら、君だつて痛くはないですか。」
「えゝ。痛いです。」
「さうして見れば。」
 ゴロロボフは相手の詞を遮つた。「若しわたくしの体がわたくし自己であつたら、わたくしは生きてゐること
前へ 次へ
全37ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 林太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング