した。鉱山のある土地へ行つて、焼酎を売るのです。」
鉱山で焼酎を売る事は、ロシアでは厳禁してある。掴まへられゝば、懲役になる。こつそり持ち込む道も危ない。道に迷つて飢ゑ死んだり、カサアキ兵の弾丸《たま》を食つたり、競争者のナイフで刺されたりする。その代り旨く持ち込めば、同じ目方の金貨とでも替へられる。鉱山で焼酎を売るのは、金を掘るより儲が大きいのである。
己はワシリの顔を見た。ワシリは俯向いて手綱をいぢつたが、直ぐに又頭を挙げて、火のやうに赫く目をして、戦を挑むやうに己の顔を見た。堅く結んでゐる口の下唇がぴく/\してゐる。
「わたくしはこいつと一しよに森へ行きます。そんな顔をしてわたくしを見なくても好いぢやありませんか。どうせわたくしは流浪人だから、流浪人で果てますよ。」
最後の詞は、もう馬を飛ばせて、雪を雲のやうに蹴立てながら言つたのである。
一年程立つてから、己は又村でアハメツトに逢つた。又旅行券を取りに戻つたのである。
ワシリは又と戻らなかつた。
底本:「鴎外選集 第15巻」岩波書店
1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「文藝倶楽部 十八ノ一」
1912(明治45)年1月1日
※底本は本作品の翻訳原本として、ドイツ語版の「SIBIRISCHE NOVELLEN」を、ドイツ語による表題として「〔DIE FLU:CHTLINGE VON SACHALIN.〕」を掲げています。
入力:tatsuki
校正:しず
2004年10月7日作成
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