のような御様子でいらっしゃるわ。
画家。いつか中とはいつだい。
モデル。あの盛《さかん》にかいていらっしゃった十一月頃と同じような御様子に見えますの。
画家。あのかけた頃のように見えるというのか。ふん。一体どんな顔だい。
モデル。そうですねえ。何んといったら好いでしょう。こう敬虔《けいけん》なような。
画家。なんだと。
モデル。いいえ。そうではないわ。そういっては当りませんの。
画家。そんならどうだというのだ。
モデル。そうね。作業熱のあるお顔ですわ。
画家。(紙巻を灰皿に押付けて消す。)ふん。作業熱のある顔というのは、どんな顔だい。
モデル。(徐《しずか》に)信仰のあるような顔ですわ。
画家。(真面目なる顔にてモデルをじっと見る。モデル立ち上る。)今日の己の顔はそんな風かなあ。
モデル。ええ。(間。)
画家。(間。○微笑む。)そうして見ると近い内にまたお前に来て貰わなくっちゃあならないようになるだろうかな。
モデル。(喜ばし気に。)いつでも参りますわ。
画家。(たゆたいつつ。)ふむ。事によったら。(神経質なる態度にて、あちこち歩き始む。)事によったらやられるかも知れない。考《かんがえ》はとうから幾らもあるのだ。ただ片っ方の奴《やつ》をつかまえようとすれば外の奴が邪魔になる。でもどうかすると妙なことがある。先《せん》の週だっけ。雨の降った日がもう少しで暗くなろうという時だった。こう見るものが昔話のように、黄金色《こがねいろ》に見えたっけ。地《じ》が温かに、重いようで。背景が。そしてその前にあるものが、光って、輪廓《りんかく》がはっきりして、恐ろしく単純に見えたっけ。妙に情を動かすように単純に見えたっけ。そうだ。前の週の木曜日だったと思う。あんな時に直《す》ぐかき始めれば好いのだが。ついそんな時にいろんな事を考えるもんだから。
モデル。外《ほか》の事が邪魔に這入るのでしょう。不断の下らない事が。
画家。(立ち留りてモデルを見る。)お前のいう通りだ。その内呼びにやるぜ。
モデル。あしたはどうでしょう。
画家。あしたかい。あんまり性急だなあ。あしたはむずかしい。第一今夜は帰が遅くなるのだ。それにこの部屋も一度大掃除をしなくちゃあ。まあ、この埃を見てくれい。(モデル娘忙がわし気に帽《ぼう》を脱ぎ、上着を脱ぎかかる。)どうするのだ。
モデル。お掃除をしますわ。拭巾《ふきん》が
前へ 次へ
全41ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 林太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング