それから一人一人物を問ふのに答へ始めた。その自分の声が弱いのに、自分で感動しながら答へ始めた。併しなんと思つても来てゐるだけの人に皆満足を与へることは出来ない。セルギウスは又目の前が暗くなつて、よろけ出した。やう/\手で欄を掴まへて倒れずにゐた。血が頭に寄つて来て、一度顔が蒼くなつて、すぐ火のやうに赤くなるのを感じた。「どうぞ皆さんあしたまで待つて下さい。わたしにはけふはもう御返事が出来ません。」かう云つて置いて、又一同に祝福を授けて、木の下のベンチの方へ帰らうとした。例の商人がすぐに来て手を引いてベンチへ連れて往つて、腰を卸させた。群集の中からはこんな声がする。「セルギウス様。どうぞわたし共を見放さないで下さい。わたし共はあなたに見放されては、もう生きてゐられません。」
 商人はセルギウスを楡の木の下のベンチに連れて往つて置いて、自分は巡査のやうに群集を追ひ散らすことに努力してゐる。自分の声をセルギウスに聞かすまいとして、小声で云つてゐるが、その癖語気は鋭く、脅《おびやか》すやうである。「さあ、退《の》いた退いた。こゝを退くのだ。祝福をして戴いたぢやないか。その上どうして貰はうと云ふ
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