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老人 いずこからでござりますの、めったに見ぬ紋章でござりますのう。が、もう幾度も見たので忘れて居るのかもしれませぬが。
王 何! わしの家来のフランコニア公からよこいたのじゃ。
老人 何と申し越してござりますの?
王 下らん事じゃ、人間の申す事を申しよこいたまでの事なのだから。そなたの様にもう年を取ったものはあまり人間らしい人間の申す事は聞かなんだ方がよいのじゃ。
老人 わたくしの様に年取ったものは人々が十怒る所は精いっぱい四つ位ほかよう怒りませなんだ、そのかわりうれしい事もたのしい事も同じほどの。
王 わしもじゃ、わしはあまり下らぬ事をききすぎたのでがさがさとまるで一日中流シ元で洗いものをする水仕女《みずしめ》の手の甲の様になった心を持って居るのじゃ。
老人 したがのう、貴方様。尊い身分の人にはわからぬ事でござりまするが、貧しい一年中一枚の着物をまとって人の門に物乞いするのを恥かしいと思う処が[#「が」に「(ママ)」の注記]なりわいにして居る下賤なものどもは母親の胎から鳴きながら生れて三年も立てば、いじけた、かたくなな心を持つと申しますのじゃほどに貴方様が下らぬ事をききすぎなされた事位はまだのう徳な事でござりまするじゃ。
聞きたがって居るものにはおきかせなれるものでござります。
王 下手な文句を書《か》い連ねた腹立たしく拙い手紙ほど紙数は多いものじゃが、まあ、ざっとかいつまんで申せばの。
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貴方は法王から破門の宣告を授けられた。
法王の申した事もござるし又私としても死するより恥な破門をうけた王の命令を奉ずるのは神の御名を汚す事になるから同じ意見のものと皆かたらって命令は奉ぜぬ事に致した。
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と申すのじゃ。
叛逆《むほん》を起すにわざわざ知らせて寄こいたのじゃ。
老人 妙なものでござりまするの。
まだ世の中には、けんかずきのけんか犬が沢山ござるのでござりますのう。
王 けんか犬は世が滅びるまで絶える事なくあるものじゃ。
何――叛きたいものは勝手に逆くのがよいのじゃ。
若気の至りで家出した遊び者の若者は、じきに涙をこぼしながら故郷に立ち戻るものじゃと昔からきまって居る。
又わしはどんなにもつれた糸でも手際良くほごす力を
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