の愚者でござった頃にはこの様な晩に出会う毎に寝間着のままで床にひざまずいて、僧正様のお祈りよりもそっと長い文句をくり返しくり返し血迷うた様に繰返してわけもない涙を身の浮くほど流いてのう貴方様、長い一夜をまんじりともようせんで明る日は藻抜のからの様に我れと我が脛等をつねってようやく血の通って居るのを知る様な事を致して居りましたものでのう。
王 今はその様な楽しみもないのにこの様におこいて置くのはあまり気ままじゃの。
老 何の、何の貴方様、どうしてその様な事がござりましょう。
私の様な、長あく長あく、神様がお召しなされるのをお忘れなされたのかと思うほどこの世の中の事を見て参るとな、人の我儘を申してござるのも無理を申して居らるるもその様に気にはならなくなるものでござりましての、それだけ我れも我儘も無理も申す様になって参りますのじゃ。
まいて貴方様は母君をおいては私が一番お小さい頃から何から何までお世話を申し上げたお方様じゃほどに何を仰せられても何とか存じ様と致しても出来ぬほどでござりましてのう。
王 いかにもじゃ。
わしが一番そなたと申すものは恐ろしい人間じゃと思うたのは今でもよう覚えて居る。
秋の初め頃わしが白い着物を着てリンゴの木にのぼって枝にのぼって皮のままに大きな実をたべて居るのをそなたが見つけてのう、
不意に斯うどなったのじゃ。
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そこに居るのはどこの下郎の子じゃ、
早う下りて参れ、折檻してつかわす。
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とな。
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そなたの主人じゃ、わしじゃ。
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と幾度申しても、
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いくらお小さくても皇帝におなりなされるお方は木にはおのぼりなされても下郎の子の様にかくれ食い等はなさらぬものじゃ。
もそっとお身を貴くお思いなされるものじゃ。
必[#「必」に「(ママ)」の注記]してわしのお主人ではないのがリンゴの皮のきたなく落ちて居るのでわかるのじゃ。
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と申していつまでたっても立って居って、やがて向へ参いった時にこっそりと逃げて部屋にかくれて居った事があったのでの。
老 その様な事もござりま
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