面白い話じゃ。
 したがのう、わしは三日前に使者の身なりと料紙だけはまことに見事な手紙をうけとったのじゃ。
法  中実《なかみ》は?
王  まことにはや年寄った女子《おなご》の背むしなのより見にくいものでの。
 小姓に申しつけて直ぐ裂いてしまって燃してしもうたほどじゃ。
 その見にくい手紙を書き記《しる》いたものも人|並《なみ》に眼が二つで耳まで口がさけて居らなんだが不思議じゃ。
法  その願うた事を貴方はお許しなされるか、
 それとも打首かさらしものかにでもなされるかの、その憎い奴めを……
王  悪いと申すさえまだ言葉が上品なほどじゃ、
 ならぬと申すさえまだにぶいのじゃ。
法  いかい事、気におとめなされてじゃ。
 幾日ほどお考えなされたの、
 にくい奴をどう処分しようとな。
王  一《い》っ時じゃ、ただの――
 一つ事を一日以上考えて居るのは大脳を神からよう授からなんだものの致す事での。
 世間でわしは賢明じゃと申す通りの頭を持って居るのじゃ。
法  さてさて、
 鏡のかげんであばたもえくぼ
 己惚《うぬぼれ》の生んだ児の頭は小うござってのう。
王  御事は母御がうみそこのうて口から先に娑婆の悪い風にふれたと見ゆるわ。
法  そのためで経典を誦する事がいこう巧者になりまいてのう――まんざらそんばかりもまいらなんだがまだしもの事――
 ま! とどのつまり船は畑ではよう漕げぬと申す事さえ世の中の人すべてが存ずればよいのでの。
王  じゃと申して水と陸《くが》に生きる事のよう出来るものは神のお造り召された生きものの中にあるのじゃ。
法  二股かけたもの共の大方は、蛙の叔母だとやら「あひる」のやれ「いとこ」だとやら申すのが可笑しい事でのう。
王  よんべ、酒と感違い致いて油をお飲みやったと見ゆるわ。
法  おお、それはさて置き貴方は二時間ほか御やすみなさらなんだと見ゆる――
 子兎の様なお目をなされてじゃ。
王  腹の立つ夢を夜も昼も見つづけて居るからじゃ。
法  お祈の甲斐ないせいでござるわのう。代って祈って進ぜようか。
王  わしの形をいたいた蝋人形を作られたり、よう気のつかなんだ間に髪を一つまみぬかれたりいたすよりはまだましじゃ。
法  思いもかけず、しとやかな御心をお持ちなされてじゃ。
王  おお! 片意志[#「志」に「(ママ)」の注記]で見にくい怒り奴がそ
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