にゆられて行った。
私の行く道は大変に長く少しの曲りもなしにつづいて居る。
小村をかこんで立った山々の上から吹き下す風にかたい粉雪は渦を巻きながら横に降って私の行く手も又すぎて来た所も灰色にかすんで居るばかりだ。
私の車を引く男はもう六十を越して居る。細い手で「かじ」をしっかり握ってのろのろと歩くか歩かないかの様に進んで行った。
そして時々ブツブツと何だかわけのわからない事をつぶやいた。
不安と寒さに会ったいじけとで私はたよりない気持になった。
逃げ出してあてどもない旅路を行く人の心をそのまんま私の心にうつした様に東京の私のこの上なく可愛がる本の奇麗な色と文字を思い出し日光にまぼしくかがやきながら若い楓の木の間を赤い椿の花のかげをとびまわって居る四羽の小鳩の事も思い出された。
私は死ぬまでこの車にゆられゆられて行かなければならない様に思えた。
私のかじかんだ手は自分の手と思われず痛いほどつめたい頬は紫色になって居るに違いない。
眼をつぶって三本通って居る電線の歎く声をきき車の心棒のきしむ音をきいた。
――――
老車夫はまた何かつぶやいた。
そのわけのわからないつぶやきは私の心のそこのそこからおびやかされた。
――ちゃーあん――
私は私の車からはなれてあとにつづくも一つの車にのった弟の名を呼んだけれ共止まらない速い風に持ちさられて私の声は後の車にとどかなかった。
私の声の淋しい余韻はきれぎれになって私の耳にかえって来た。
私は声をかけさえ出来ない様になって自分の呼吸の響ばかりをたよりに吹雪の中に灰色の一本道をたどらなければならなかった。
赤い小松
煤煙のためだか鉄道の線路に沿うた所に赤い小松を沢山見た。
背は低く横に広く好い形に育った小松がそのみどりの葉の所々を赤茶色に染めて居るのは木のために良い悪いなんかは別にしてただ奇麗なものだ、そして又極く美術的なものだ。
木の切り株
栃木県の矢板のステーションのすぐそばの杉林の一部が思い切り長く切りはらわれて居た。
田か畑にするらしい。
まだ新らしい生々とした香りの高そうな木の切り株が短かい枯草の中から頭を出して居る。何でもない事の様で有りながら小雨にぬれてひやっこそうに光りながら皮をぬいだ杉の幹が横たわって居るのと淋しそうにたよりなさそうにして居るあまたの
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