ということは、従来の「家」での離婚沙汰よりはるかに深い人間的分離を意味することと、わたしたちは真面目に理解しなければならない。
家庭から妻が去り、夫が妻から去るということは、一時的にもせよ根底から家庭の崩壊である。子供たちがいるとき、子供は母を失うか父を失うかしなければならず、その痛手は、子供にとって実に痛烈である。結婚の自由、そして離婚の自由があるとき、すべての人は、女も男も、自分たちの心のなかに一つの声をきくと思う。――みなさまの責任は? みなさまの責任は?――と。
第一次世界大戦のあとから、世界のすべての国々に離婚がふえた。結婚というものに対するそれまでの国々での考えかた、しきたりが、戦争の破壊力によって大変動を与えられたために。この原因は主として戦争によって女子人口が増加したことと、それまで生活の安定をもっていた中産階級の経済基礎がくずれ、勤労する男女が多くなったことにあった。ジェーン・オースティンの小説や「嵐ケ丘」でブロンテが書いたような、イギリスの中産階級の人たちの「ちゃんとした結婚」の観念もかわった。
こんどの第二次世界大戦は、ファシズムに対して勝利した国々においてさえ、その社会が蒙った戦傷は深刻で、イギリスでは今年のクリスマスは近代の歴史はじまって以来、はじめてのきりつめたものだった。アメリカでもさまざまの経済上の問題があって、この事情は家庭生活の安定をゆるがし、離婚は非常にふえて来た。一九一七年のアメリカでは人口千人について一・二の離婚だったのが、一九三四年からひどく増大して、一九四〇年には二・〇となり、一九四五年には結婚三に対して、離婚一であった。前年からみると、二割五分、戦前に比べれば「倍に近い」有様となっている。この現象はアメリカで一つの社会問題となっており、慎重な研究の対象としてとりあげられているばかりでなく、両親の離婚とその間におかれる子供の苦しみをテーマとした劇が上演され、多くの人に関心を与えた。
今日、日本でも離婚は急激に殖えている。戦争が家庭の破壊のために果した役割は、表面にみえるよりもはるかに深くはげしい。戦争中、何年も前線におかれた夫と、故国にのこされた妻との間には、夫が帰還してはじめて問題化するような多種多様な悲劇がかもされている。公報で戦死したものとされた夫が帰ってみれば、妻は弟と結婚していた、というような実例は、まだまだひとにも話せる悲劇の部類であった。
疎開、転入制限、これらも大幅に日本の家庭を破壊した。経済事情の極度の不安定。これも今日の離婚の動機をなす最も大きい理由である。これらの諸理由が離婚の動機になるほど、これまでの結婚というものが、日本では、つよい愛に立っての結合ではなくて、「家」のためか「世帯」のためか、身のふりかたの問題であったわけである。
日本のわたしたちは、結婚と離婚の自由ということについて、落着いて注意ぶかく現実的でなければならないと思う。何故なら、憲法や民法の上での男女の平等、結婚の自由、離婚の自由ということと、きょうの現実の不自由だらけで破綻した社会経済生活の実際との間には、おそろしいくいちがいがあるから。
結婚の自由といくら民法できめられても、きょうの若い人々に果してそんなにのびのびした自由があるだろうか。先ず結婚して住むところがどこにあるだろう。一ヵ月の蜜月のために、田園の大きい館が用意されたのは、イギリスでもエリザベス王女ぐらいのものであろう。結婚しましょうよ、というわかい人々の決心は、すぐつづいて、でも家《うち》は? と問題にぶつかる。仕方がないから当分親たちと同居ということになったとき、民法が夫と妻とを単位とするからといって、若い妻に、嫁の慣習がおいかぶさって来ないと、どうしていえよう。夫婦で働いて生活してゆかなければならないものには、妻の家事の負担が、夫にとっても重大な課題である。日本のきょうの社会ではヤミのシャンパンはメチールをまぜてキャバレーの床に流れても、つつましい共稼ぎの若い夫婦の人生を清潔に、たのしくさせるカフェテリヤもなければ、オートマットもない。きょう、やかましい産児制限のことも、こうして、住む家をもたず、家事負担から解放されない若夫婦が、初々しい親となってゆく喜びさえ節約して、食べられない俸給に耐えてゆくための一条件のようでさえある。今日、産児制限は、優生学の立場からというよりは、むしろ民族の屈辱の一つとして、自主の策は何一つもたない今日の権力に対する母性の憤りの一つの対象としてあらわれているとさえいえる。
離婚の自由が婦人にも認められ、民法はそれと同時に、離婚した婦人の経済的援助も含めている。このことは、しかし、本当に婦人にとって「個人の尊厳」を守れる社会的経済的土台があることを意味しているだろうか。
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