あたって、私たちを深刻に考えこませる托児所がないということ、炊事、洗濯が社会化された家事になっていないことが、離婚の場合、また切実な問題となり、桎梏となって来る。戦争による未亡人の生活の堂々めぐりのいたましさは、実に多くこういう急所が未解決な今日の社会事情からもたらされている。内職では食べてゆけない。内職では決して食べてゆけないのに、その内職がなければ一層窮迫する程度の賃銀しか支払わないのが、いまの雇うものと雇われるものとの関係である。内職は賃銀のダンピングであるにかかわらず、子もちの母は、正当な働き場所を見つけにくい。
 外国の諸国にも、売春婦はどっさりいる。しかし、私たち日本の女は、夫の戦死されたあと、ママという通称をもった街の女がいて、三人の子供をどこかにのこしたまま、くびり殺されたことを忘れてはならない。今日の日本では子持の街の女も、かなりの高率であるにちがいない。
 結婚と、その分離である離婚が「人間の尊厳」のために男女の間に平等な人権であるならば、私たちは憲法にいわれているすべての人民は働くことが出来る、すべての人民は教育をうけることが出来る、という条項を、徹底的に実現してゆかなければならない。このことこそ、憲法にいわれているとおり、すべての人が良心に立って行動する自由をもっている、その具体的な途である。
 結婚の自由ということを考えるとき、私たちは、今日の日本の働く婦人の現実の条件から目をそらすことが出来ない。離婚の自由をいうとき、わたしたちは、婦人が一本立ちでやってゆける社会条件を建設してゆく努力ぬきには、考えられない。そして、これらすべては、ひっくるめて全日本の働いて生きなければならない数千万の男女の、人民としての生活の条件の改善にかかって来るのである。
 自由ということは、何でもしていい、ということを意味しない。結婚の自由ということは、人間としてのぞんでいる結婚を、本人たち以外のものの意志で邪魔されないでよい、ということであると同時に、いやな結婚を、はたの事情でさせられないでよい、ということである。放埒をしてよい、のではなくて、結婚という形式における売淫は、人間らしくないこととして拒絶する権利があることを意味している。
 結婚の本質をこうしてより人間らしい条件において扱い直そうとするとき、その結婚の清純を守る条件として、離婚の自由がもち出されて来る。主観的に、いやになったからわかれてやる、という態度が離婚の自由の正しい認識でないとともに、客観的には、離婚した母と子との生活保証がされる法律上の条件が必要であると共に、社会的に保証が実現される可能がなければ、離婚の自由[#「自由」に傍点]ということは欺瞞になる。
 憲法や民法で、婦人の立場が男と平等に積極的に書かれる[#「書かれる」に傍点]ようになったというだけでは、殆んど空文にひとしい。社会の実際の日々に、すべての職場に、男女の働いて生きる人の必要を、社会的に、また法的に保証する方法が具体化されたとき、はじめて民主的というに値する。そういう社会をつくるために、男女が力を合わせて、あらゆる努力をし、あらゆる形でたたかってゆくことを、良心の行為として認めたとき、はじめて、民主が徹底するのである。選挙権というものを、女も、失業者も、大臣も、もっているというばかりが、民主ではない。
 婦人の労働条件の改善、確保と、特に子供たちのための社会保障の真剣な検討なしに、結婚や離婚のことは話せない。――出来るだけ個人の経済負担の少い托児所、幼稚園、子供のための病院、療養所。憲法でいっているとおり、九年制義務教育の国家による保障さえ、実際には一つも行われていないとき、いまの社会事情のままでいわれる離婚の自由は、欺瞞的にきこえる。父親である男として、妻を離婚したあと、母を失った子供たちの境遇について心痛しないものはない。より人間らしく生きる道としてひらかれた一つの門から、より多くの売春婦と浮浪児を生み出すことを、わたしたちの社会的良心は肯定しない。この現実のままでは空文に終る結婚と離婚の自由を、真実に社会的責任に裏づけられたものとするために、私たちが試みるすべての生活改善の努力を、阻止しようとしたり、抑えようとしたりする権力をも、私たちは肯定しないのである。[#地付き]〔一九四八年四月〕



底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年5月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「女性の歴史」
   1948(昭和23)年4月
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネ
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング