ゅうのは嘘でなかっぺえな――支那の奴等も目醒めて来たんだない」
 目醒めて来た[#「目醒めて来た」に傍点]とは、ブラボー! 何と目醒めた爺さんであることよ。私は思わず破顔しその予想もしない斬新な表現で一層|照《てれ》された二人の学生の近代人的神経質さにも微笑した。然し――私は堅い三等のベンチの上で揺られながら考えた。この四角い帽子をいただいた二つの頭は、果して新しき老農夫を満足し啓蒙するだけの知識をもっていながら、彼等が余りエレガントであるために只ああやって蒼白き微笑のみで答えたのか。または、大きな声では云えないが、頭はただきれいに分けた髪の毛の台《うてな》に過ぎないので、ああやって無気力な薄笑いを反射させただけなのか……
 学生からまとまった数言をききたがっていた農夫も、やがて同じような謎に捕われたと見え、口を利くのをやめた。彼は窓の方へ再び向きなおった。刻み目の粗い田舎の顔の上へ、車窓をとび過る若葉照りが初夏らしく映った。
[#地付き]〔一九二七年八月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「若草」
   1927(昭和2)年8月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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