三度と吠える。一遍ごとに遠くの女の吠え声は高まって来、遂には、はっきりウォーイ、ウォーイというのがわかる。そうすると、面倒なことに、斑犬が、何か異様な興奮をその半人半獣の声から感得するらしいのだ。彼は益々長く切なく声尻を引張って遠鳴きする。彼方の狂人も、それに応えては、心一杯ウォーイと繰返す。この二重唱が起ると私は、いつも、始めのうちは極めて渋い涙が、眼ではない、鼻柱の心のどこかに湧き溜って来るように感じる。それを堪え、いつか気を奪われて、人間らしい獣と、獣に近い人間の吠え声にききとれていると、妙なものではないか、私の理性迄がちっと変になる。あの二つの、切な吠え声だけに人生が圧縮《コムプレッス》されてしまったように感じ、私も一緒に吠えだしたくなる。ウォーイと。
[#地付き]〔一九二六年七月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「新小説」
   1926(大正15)年7月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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