引下げながら合点する。――この意味ありげな表情を見せられた娘達はもう我慢を失なった。
「ねちょっと! 何なのよ、何があったの?」
「いじわるな人! 焦らさずにおっしゃいよ、早く! さ」
「私だって昨夜千代乃さんの御婚礼だなんて知らなかったのよちっとも。あれ何時頃だった? 八時頃? 縫子さんと二人してお湯から帰りに糸源へ廻ったのよ、丁度ほらあすこ千代乃さんちの先でしょう? こっちへ来ると千代乃さんちの前がひどい人だかりなの。何事かと思って私ドキッとしちゃったわ全く。いそいで縫子さんと行って見たら、それが、あんた千代乃さんの御婚礼なのよ」
「だって――表からどうしてそんなに見えたの?」
「わざと見えるように、お店をすっかり開けっぴろげてあるのよ。――千代乃さんのお母さんて、ほら――云っちゃ悪いけれど随分あれでしょう? だから見て貰いたくって仕様がないのよ――ああいう処を……」
 米が同情と羨望をこめて呟いた。
「千代乃さんこそいい面の皮ね」
 ――皆が暫時《しばらく》沈黙した。やがて内気で年若なのぶが、
「千代乃さん綺麗だって?」
と訊いた。
「綺麗だったわ」
「島田?」
「そうよ」
「どんな装《なり》? 模様?」
「そうだったわね、何あの模様――蓬莱じゃなかった?」
 縫子は指先に繃帯をしながら、
「……見えなかったわ」
とぶっきら棒に返事した。本当は蓬莱だったのを知っていたが、彼女はてふが得意で喋るのがだんだんいやになり出したのであった。然してふは、
「お婿さんよかずっと立派だったわよ。お婿さん、ありゃあきっと千代乃さんより小っちゃいに決ってるわ」
とがらがら云って、皆を笑わせた。
「――でも千代乃さんもこれからは今迄のように行かないわねえ、うちの姉さん見たってわかるわ」
 米がしんみり云い出したにつれて、二十前後の娘たちはてんでに嫁に行くのがいいか、養子がいいかという議論を始めた。次第に熱中し、実例を出したり、噂の又噂をしたりして盛に自分の言葉を朋輩に信じさせようとする、興に乗った様子を縫子は火鉢のところからぼんやり眺めていた。縫子はよく何も手につかずぼんやりしていることの多い娘であった。左の人指し指と薬指とに白金巾のきれっ端でちょいちょいと繃帯し、小さい蝶でもついているような手を大火鉢にかざし、その甲に頬ぺたをのせて皆の方を眺めている。火気の故で、彼女の薄皮で色
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