ーと朗らかに引っぱり、ホケキョと短く濃やかに畳みこむ。其一声の鶯は、東雲のクラシカルな藍と茜の色どりと相俟って、計らずも心のおどるような日本の暁の風趣を私の胸に送りこんだ。同時に、私は初めてほんとの鶯を聴いたような新鮮な歓びを感じた。――和歌や俳句の夥しい駄作で、こうも陳腐化されなかった太古の。――
今、若葉照りの彼方から聞えて来るその声は、私に、八月頃深い山路で耳にする藪鶯の響を思い出させた。板谷峠の奥に、大きい谿川が流れて居る。飛沫をあげて水の流れ下る巖角に裾をまくった父が悠々此方を向いて跼んで居る。風で、彼方の崖の樹が戦ぐ。その時、川瀬の音を縫い乍ら、静かに聞えた藪鶯のホーホケキョ。――午後が、ひどくひっそりと永く感じられた。
底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2007年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング