着て海老茶袴をつけて出た。新聞が、それを質素でよいと褒《ほ》めた。由子は、そうは思わなかった。いい着物をお千代ちゃんに着せたかった。あって着ないのではない。お千代ちゃんの家は貧しいのを、由子は知っていた。
 お千代ちゃんが、由子の家から三町もない処へ越して来た。家じゅう引越して来たのではなく、お千代ちゃんだけ、お祖母さんのところへ来たのであった。いきなり木戸で、入ると花が一杯縁側まで咲きこぼれていた。縁側から油障子のはまった水口が見え、その障子が開いていると、裏の生垣、その彼方の往来、そのまた先の×伯爵の邸の樫の幹まで三四本は見られる。
             *
 お祖母さんの家はそのような家なのであった。二階があった。そこに叔父さんがいた。その人は絵描きであった。
 お千代ちゃんは、由子の入った女学校の試験を受ける積りであった。由子はどうかして入って欲しいと思った。女学校をずっと二人で通えたら、それは素晴らしいことだ。由子は勿論お千代ちゃんは容易《たやす》く試験を通るとその学力を信頼していた。そうでもなければ、市長からわざわざ御褒美を貰い、新聞で紡績の装《なり》を褒められたとて何になろう。
 然し、お千代ちゃんを助けるつもりで、由子は自分の家で、一つ机でお千代ちゃんと一緒に勉強した。書き取りを読んだ。母に頼んでお千代ちゃんの為に歴史や地理の問題を出して貰った。
             *
 試験の日、由子はお千代ちゃんを試験場の、青い小さい席のところまで送って行った。
「勿論大丈夫だけれど、確《しっ》かりね」
 お千代ちゃんは、受け口の唇に笑を浮べながら合点をした。昼になった時、由子はパンを買って来て、二人で食べた。そこは花壇の隅の狭い芝生の上であった。ニコライの鐘楼と丸屋根が美しく冬日に輝いて、霜どけの花壇では薬草サフランと書いた立札だけが何にも生えていない泥の上にあった。由子はうっとり――思いつめたような恍惚さで日向ぼっこをした。お千代ちゃんは眩しそうに日向に背を向け、受け口を少しばかり開け、煉瓦の際まで押しよせてその上に這い上ろうとしている芝の根を眺めていた。

 実に思いがけずお千代ちゃんは試験に通らなかった。
             *
 学校から帰ると、由子は出かけて行ってお千代ちゃんを呼び、大抵自分の方へつれて来た。一つ机で、由子は方丈記を写
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング